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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第1章 其の壱
「おじちゃま!あれがフランス?あれが港なの?」
司がはしゃぎながら、小さな手で海の向こうを指差す。
「ああ、そうだ。あれがカレー港だよ」
忍が甲板の手摺から司を抱き上げ、まだ遥か遠くに小さく光る港を見せていた。
潮風がいたずらする司の柔らかな髪を優しく搔きあげながらじっと見つめる。
「司、…今日からはお父様と呼んでくれないか?」
司が澄んだまるい瞳を見開く。
「おとうちゃま?おじちゃまがつかさのおとうちゃまになってくれるの?」
「ああ。…おじちゃまは司のお父様になったんだ。
俺と司とお母様はパリで一緒に暮らすんだ」
「…いつまで?」
忍は司の柔らかな頬をつっつく。
「ずうっと一緒だ。ずうっとずうっと一緒に暮らすんだよ」
司が弾けるように笑った。
「ほんとうに?ずうっと一緒?おじちゃま、もう高輪のおじいちゃまのおうちに帰ったりしないの?」
「ああ。司とお母様のお側を離れないよ。…永遠に…」
忍はゆっくりと少し離れた場所に佇む百合子を見つめ、笑いかける。

百合子は涙ぐみながら、震える口元に微笑みを浮かべる。
幸せすぎて怖い…。
そう思う。
若く美しい義理の弟がこんなにも自分と…子どもまでも愛してくれることが、未だに信じられない。
忍を愛している。
心から愛している。
決して口には出さなかったが、夫を亡くしてから…忍は百合子の心の拠り所であった。
…いや、もしかしたらもっと以前から忍に惹かれていたのかも知れない。

忍が高等学校、大学と進み、彼の周りには常に美しく煌びやかな若い令嬢が取り囲むようになった。
それだけではなく、年上の色好みの婦人や玄人の女性など、交友関係は実に華やかであった。
忍の母はよく皆が揃う晩餐の席で忍の派手な女遊びを嘆き、諌めていた。
「貴方はこの風間家の息子ですよ。放蕩もほどほどになさい。貴方目当ての良い縁談がたくさん舞い込んで来るというのに…。このままでは全て破談になってしまうわ」
忍は肩を竦めて平然と嘯く。
「全てお断り下さい。俺は結婚などしません」
母親は柳眉を逆立てた。
「そんなこと、許しませんよ!貴方はこの家に相応しいお家のお嬢様と結婚するのです。
…篤さん、何とか言ってちょうだい」
母親は篤に助け船を求めた。


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