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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第1章 其の壱
篤は穏やかに取りなす。
「お母様、こればかりは個人的な問題ですからね。
忍がしたくないものを無理やりさせても良い結果を生まないでしょう。自然に良いご縁があるまで、見守ってやりましょう。
…私たちのように…」
篤の手が愛情深く百合子の白い手を握りしめた。
その手に、忍の視線が痛いほど突き刺さる。
百合子は思わず…自分でも理由が分からない動揺から俯いた。

忍が不機嫌そうに立ち上がり、言い放つ。
「俺は結婚しません。絶対に」
美しい背中を見せながら、部屋を出る忍をそっと見上げる。
…忍が、結婚をしないと宣言したことに心のどこかで安堵している自分がいた。
そのことに、百合子は狼狽し慌てて打ち消した。
…なんてことを思うの…。
忍さんがご結婚しないことをほっとするなんて…!


…あの頃から…
私は忍さんを好きだったのかも知れない…。
輿入れした時から、なかなか婚家に馴染めない私にまだ十四歳だった忍さんは一生懸命に庇ってくれて、励ましてくれた…。
旦那様はとてもお優しくて、私を愛して下さったけれど、お仕事がお忙しくて不在がちだったので、忍さんだけが唯一の安らぎだった…。
嫁いで七年も子どもが出来なかった時も、肩身の狭い私をいつも守ってくれて、励ましてくれた…。

旦那様が不慮の列車事故で亡くなった時も…。
漸く授かった司を見ることもなく、亡くなった旦那様…。
私は深い哀しみと驚きとこれからの不安から食事も喉を通らずに、何ヶ月も寝付いてしまった。
そんな私の側にいてずっと支えてくれたのが、忍さんだった…。
忍さんがいらっしゃらなければ、私は司を無事に産むことが出来なかっただろう…。

…今回のことも…。
全てを捨てて私と司と三人でフランスで暮らすことを選んでくださった…。
…そんなにも私を愛してくださるのに…
そして、私も忍さんを愛しているのに…。



私は…まだ、忍さんと結ばれてはいない…。
結ばれる勇気を持つことが、出来ないのだ…。

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