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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第1章 其の壱
「さあ、ここが僕の家だ。入ってくれ」
ジュリアン・ド・ロッシュフォールは朗らかな声で忍達を屋敷に招き入れてくれた。
…パリの16区…。
ブーローニュの森近くの高級住宅街だ。
眼を見張るばかりの壮大な屋敷街の中でも、ロッシュフォール家の屋敷の荘厳な造りは群を抜いていた。
風間家の屋敷も相当に立派ではあったが、やはりヨーロッパの本家本元の建築には敵わない。

「ここはセカンドハウスなんだ。本家のお祖母様はマレ地区に代々続くロッシュフォールの屋敷に住んでいる。僕はこことマレの屋敷を行ったりきたりの生活なんだ。
だから遠慮なく伸び伸び過ごしてくれたまえ」
わざわざ港まで出迎えてくれたジュリアンは自身が日本人の母親を持っていることもあり、大変な親日家だ。
日本が大好きで今も日本とパリを頻繁に行き来するらしい。
輝くような金髪に海の青を写し取ったかのような瞳のすこぶる美男子だ。
ジュリアンは暁が事前に事情を説明しておいてくれたので、快くフランスでの身元引受人になってくれたのだ。
「ロッシュフォールさんには大変なご迷惑をお掛けいたしまして…」
「ジュリアンと呼んでくれ。シノブ、アガタの友人は僕の友人だ。…君は本当に日本人か?
最初見た時は西洋人かと思ったよ」
「私の祖母がロシア人で、私はクォーターなんです」
「ああ、それで…。それにしても…」
傍に控えめに佇む百合子に視線を移し、眼を輝かせる。
「実に綺麗な奥方だ。日本のヤマトナデシコは素晴らしいな。梨央さんにアヤカにヒカルに百合子さん…美人ばかりだ」
どうやら日本の社交界の名だたる淑女達にも精通しているらしい。
出迎えに出た家政婦と下僕に荷物を引き渡しながら、悪戯めいた眼差しで笑う。
「駆け落ちだって?…なんてロマンティックでドラマチックなんだ!安心したまえ、ここフランスはamourの国だからね。君達の味方は大勢いるさ。
…何はともあれ、お茶にしよう。坊やには美味しいマドレーヌとミルクだ!さあ、おいで。キャンディボンボンもあるよ」
少し緊張して百合子の手を強く握っていた司を軽々と抱き上げると、客間へと誘った。
司はジュリアンの腕の中で歓声をあげた。

忍と百合子は眼を合わせ、ほっとして笑った。
「とても陽気で良い方みたいだね」
「ええ…。安心しましたわ」
忍は百合子の手を取り、白い甲にくちづける。
「…さあ、俺達も行こう」


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