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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第1章 其の壱
百合子は蒼白になりながら、それらの言葉に耐えた。
篤はことあるごとに百合子を庇ってくれた。
「お母様、子宝に恵まれないのは百合子のせいではありません。百合子を責めないで下さい。
子どもは授かりものです。僕は子どもがいなくても、百合子がいてくれれば充分幸せなのです」
忍もそうだった。
「母さんが魔女みたいに怖いから、義姉さんは緊張して子どもができないんだ。少しは優しくしろよ」
姑が烈火の如く怒り狂ったのは言うまでもなかったが…。
百合子は厳しい姑の叱責や仕打ちから、二人に庇われて…幸せを感じながら暮らして行けたのだ。
篤は自分が不在がちなのを気にかけていた。
出張で1か月留守することもざらだった。
「僕がいない時、困ったことがあったら忍に相談しなさい。
あいつは素行にやや問題があるが、実はとても優しい子だ。君のこともとても気にかけている」
それを聞いていた忍はむっとしたような貌をして、さっさといなくなってしまったが…。
…そう、あの日もそうだった。
篤が列車事故で亡くなる日のことだった。
「…申し訳ありません。お見送りに行きたかったのですが…」
悪阻が酷かった百合子は、その日も起き上がることができずに床に伏せていた。
今日から暫く夫は九州のホテルに視察に行くというのに、見送りも出来ない自分を情けなく思ったのだ。
白い寝間着を着て髪を緩く束ねた百合子は、まるで少女のように頼りなげに篤には見えた。
篤はベッドに腰掛け、百合子の手を優しく握った。
「何を言っている。…身体を大事にしてくれ。無理をしないように、苦しかったら直ぐにナースを呼ぶように…それから…」
ふと、柔らかな眼差しの中に静まり返った色を浮かべ、告げたのだ。
「…僕に何かあったら忍を頼りなさい」
百合子は眉を顰めた。
「え?…旦那様、そんなことを仰っては嫌ですわ」
旅立ちの朝に縁起でもないと百合子は首を振った。
篤はそんな百合子が愛おしくて堪らないように抱きしめ、目を見合わせて教え諭すように静かに繰り返した。
「…何かあったら忍が力になってくれる。
忍を頼りなさい。
…あいつは…君をとても大切に思っているから…」
「…旦那様…?」
不審に思って尋ねようとした百合子の薄紅色の唇は篤に優しく塞がれた。
篤はそうして穏やかに微笑むと部屋を出た。
…夫の訃報が届いたのは、その夜のことだった。
篤はことあるごとに百合子を庇ってくれた。
「お母様、子宝に恵まれないのは百合子のせいではありません。百合子を責めないで下さい。
子どもは授かりものです。僕は子どもがいなくても、百合子がいてくれれば充分幸せなのです」
忍もそうだった。
「母さんが魔女みたいに怖いから、義姉さんは緊張して子どもができないんだ。少しは優しくしろよ」
姑が烈火の如く怒り狂ったのは言うまでもなかったが…。
百合子は厳しい姑の叱責や仕打ちから、二人に庇われて…幸せを感じながら暮らして行けたのだ。
篤は自分が不在がちなのを気にかけていた。
出張で1か月留守することもざらだった。
「僕がいない時、困ったことがあったら忍に相談しなさい。
あいつは素行にやや問題があるが、実はとても優しい子だ。君のこともとても気にかけている」
それを聞いていた忍はむっとしたような貌をして、さっさといなくなってしまったが…。
…そう、あの日もそうだった。
篤が列車事故で亡くなる日のことだった。
「…申し訳ありません。お見送りに行きたかったのですが…」
悪阻が酷かった百合子は、その日も起き上がることができずに床に伏せていた。
今日から暫く夫は九州のホテルに視察に行くというのに、見送りも出来ない自分を情けなく思ったのだ。
白い寝間着を着て髪を緩く束ねた百合子は、まるで少女のように頼りなげに篤には見えた。
篤はベッドに腰掛け、百合子の手を優しく握った。
「何を言っている。…身体を大事にしてくれ。無理をしないように、苦しかったら直ぐにナースを呼ぶように…それから…」
ふと、柔らかな眼差しの中に静まり返った色を浮かべ、告げたのだ。
「…僕に何かあったら忍を頼りなさい」
百合子は眉を顰めた。
「え?…旦那様、そんなことを仰っては嫌ですわ」
旅立ちの朝に縁起でもないと百合子は首を振った。
篤はそんな百合子が愛おしくて堪らないように抱きしめ、目を見合わせて教え諭すように静かに繰り返した。
「…何かあったら忍が力になってくれる。
忍を頼りなさい。
…あいつは…君をとても大切に思っているから…」
「…旦那様…?」
不審に思って尋ねようとした百合子の薄紅色の唇は篤に優しく塞がれた。
篤はそうして穏やかに微笑むと部屋を出た。
…夫の訃報が届いたのは、その夜のことだった。