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第1章 其の壱

回想から覚めた百合子は、はっと我に返る。
そして、ぼんやりと独り言のように口を開く。

「…そうだわ…どうして忘れていたのかしら…。
あの日の旦那様の言葉…。私ったら…どうして今まで忘れていたの…。
旦那様は…なぜあんなに忍さんに頼れと仰ったのかしら…まさか…まさか…！」

百合子の頭に一つの考えが閃光の如く閃いた。
…旦那様は…私が以前から密かに忍さんを慕っていたことをご存知だったのではないかしら…。
そして、忍さんもまた私を思ってくださることを…とうに勘付いていらしたのではないかしら…。

その考えは百合子の胸を鷲掴みにされるような苦しい痛みを与えた。
痛みに耐えるように胸を押さえ、眼を閉じる。
…そうだとしたら…旦那様はどのようなお気持ちであのような言葉を残されたのかしら…。

「百合子、どうしたの？気分でも悪いの？」
肩に温かな手が置かれる。
振り仰いだそこにいるのは、心配そうな表情を浮かべた忍あった。
「…忍さん…」
…震える唇はそれ以上の言葉を持たなかった。