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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第2章 カルチェ・ラタン
百合子が階段を降りると、ジュリアンは玄関ホールに佇んでいた。
初夏の陽光にきらきらと輝く長く美しく波打つ金髪…。
百合子を見てそのサファイアのように蒼く美しい瞳を煌めかせた。
「今日は大学の行事で講義が休講になって時間ができてね。
ユリコ、ご機嫌いかが?」
達者な日本語で挨拶をするジュリアンは百合子の手を恭しく取り、その甲にキスを落とす。
まだ西洋式の挨拶にあまり慣れていない百合子は思わずどきどきとしてしまう。
「お陰様で元気に過ごしております。…今、お茶の用意を…」
ジュリアンはルイーゼを振り返る百合子の肩を陽気に抱き、笑いかける。
「今日はカフェに出かけよう。とても良いお天気だ」
「…え?…カフェ…ですか…」
少し歩けば賑やかなカフェがある名所のカルチェに住んでいるというのに、百合子はまだほとんど出かけたことがなかった。
引っ越して1カ月、忍のコンシェルジュの仕事は忙しく、まだまとまった休みが取れていなかったのだ。
百合子にまだ観光も碌にさせてやれないことを、忍は気にしていた。
しかし、百合子は司を人の多い繁華街に連れ出すことが気が進まなかったし、少しも不満ではなかった。
「お気になさらないで。私はおうちの中で充分満足ですから…」
…いや、寧ろ外には出たくなかった。
家の中にいれば感じないで済むが、一歩外に出れば、嫌でも好奇の目に晒される。
自分が異国人だということをまざまざと思い知らされるからだ。
そんな百合子の気持ちを全て察しながら、忍は優しく抱きしめる。
「…夏季休暇が取れたらニースに行こう。コテージを借りて三人でのんびり過ごそう。美味い魚料理を食べて少し太らなきゃね」
「…忍さん…」
愛おしさが詰まったくちづけを受ける。
…歳下の忍に気を遣わせてしまう自分を情けなく思う。


「ユリコ、レ・ドゥ・マゴに行こう。文学と芸術の薫りが漂う素敵なカフェだ。帽子を被って。
ルイーゼ、マダムに白いボンネットを。鈴蘭の飾りが付いたものがあっただろう。あれがいいな。
…ドレスは…ああ、そのままで素晴らしく美しい!ユリコを見て街行く男たちが卒倒しないか心配になるほどだよ」
ジュリアンは陽気に捲し立てると強引に百合子の手を取り、そのまま外に連れ出したのだった。
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