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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第2章 カルチェ・ラタン
「…ジュリアンさん…」
「シノブはユリコをとても愛していて、とても心配している。…君が孤独なのではないか…とね。そして多忙がゆえに君の側にいられない自分を歯痒く思い僕に相談したんだ。
…ああ!武士に二言はないって今言ったばかりなのになあ!」
ジュリアンはわざと芝居掛かった様子で天を仰ぐ。
「ま、いいか!僕はハーフだけ武士の血が流れているだけだからね」
チャーミングに片目を瞑って見せたのに、百合子は思わず釣られて笑った。

ジュリアン・ド・ロッシュフォールはフランスの名門貴族の父と、九州の大名家の姫君を母に持つ国際結婚の魁けとなる結びつきから生まれた青年だ。
外交官である父について、日本とパリを行き来する生活の中で、すっかり日本贔屓になったジュリアンは日本の大学で日本美術史の学問を修めた。
大学を卒業したのちは、パリに戻り今はパリ大学の教授として学生達に日本の美術や歴史を教えている。
年は三十歳を超えたばかりだが、若々しく蜂蜜色の金髪に蒼い瞳、整った目鼻立ち、常に最新モードに身を包んだすらりとした長身…と妙齢の乙女なら溜息を吐かずにはいられない恵まれた容姿を備えている。

今も周りの席に座る女性達はちらちらとジュリアンに秋波を送り、百合子を羨ましげな顔をして見るのだ。
ジュリアンの美しくも人懐っこい瞳が近づく。
「何か困ったことがあるんじゃない?」
人見知りが強い百合子でも思わず和んでしまいそうになる温かな眼差しだ。

「…困ったことなどありません。…ただ…時々少し寂しくなるのです」
百合子は周りの人々をぼんやりと眺める。
…まだ百合子には理解できないフランス語を饒舌に話し、笑いさざめく西洋人達…。
ともすれば、ジュリアンの傍らにいて対照的な姿の自分を物珍しそうに見て、噂されているような被害者意識にも似た妄想を抱いてしまいそうになるのだ。
「…忍さんは、このパリにすっかり溶け込んでいらっしゃいます。
忍さんはあの通り、西洋人と言っても通るような日本人離れされたお貌立ちですし、フランス語もお上手です。
司は…人懐っこい性格から直ぐにお友達もできてエコール・マテルネルにもすっかり慣れて来ました。
…喜ばしいことなのは分かっています。こんなことを思うのは私の我儘です。
…でも…私だけがぽつんと孤島にいるような気がしてならないのです…そして例えようもなく寂しくなるのです」
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