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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第1章 其の壱
船室に戻ると百合子は司の子ども用ベッドの隣にある広い寝台を見て、息を呑んだ。
…そうだわ…。私たちは夫婦と言うことでこの船に乗せてもらったのだから…同じ部屋で寝むのよね…。
緊張感に固まる百合子の肩に、忍がそっと手を置く。
「大丈夫だよ。俺は船長に頼んで他の部屋を用意してもらうから。
…百合子はゆっくり寝んで。今日は色々あって疲れただろう」
そう言って、そのまま部屋を出ようとする忍の腕を思わず掴む。
「待って…待ってください…」
掴んだまま、勇気を振り絞り必死で言葉を紡ぎ出す。
「…行かないで下さい…」
忍が驚いたように眼を見張る。
「…百合子…」
「…私…まだ、心の整理はつきません…。
…亡くなった旦那様のこと…もう5年も経ちましたけれど…それでもまだ私の心に残っています」
風間の両親は百合子の実家の公家の家名欲しさ…百合子の継母は風間家の莫大な結納金目当て…という政略結婚だったが夫はとても優しく、良い人だった。
百合子を心から愛してくれた。
なかなか子どもが出来ない百合子を庇い続けてくれたのも夫と忍だった。
夫には穏やかな愛情を抱いていた。
だから司を身籠った矢先、不慮の事故で夫が亡くなり…百合子は茫然とした。
…自分は夫をとても愛していたのだと実感した。

「…そんな私がこのまま忍さんに縋ってしまって良いのか…。
…何より…私に忍さんが失望されないのか…」
…もう5年以上もずっと男性と深く交わったことはおろか、触れ合ったことはない。
百合子は夫以外の男性をもちろん知らない。
そんな…六歳も年上の三十をとうに過ぎた女を…このきらきらしいまでに華やかなまだ若い青年は…本当に愛することが出来るのか…。
…口にするには赤裸々なそれらの言葉を胸の中で呟く。
「…百合子…」
…けれど…。
忍が口を開く前に、百合子は美しい瞳を潤ませながら思いを込めて告げる。
「…けれど、忍さんと一緒にいたいのです。…そばにいて欲しいのです…」
忍が情熱を込めて、百合子を抱き竦める。
「百合子…!俺もだ…!」
若い男の身体の温もりと力強さ…。
心の中に澱のように溜まっていた不安が淡雪のように溶け出してゆくのを感じる。
…百合子はそっと忍の背中に手を伸ばした。



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