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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第1章 其の壱
忍は夜着に着替えると、ベビーベッドでぐっすり眠る司の寝顔を覗き込んだ。
自宅にいる頃と全く変わらずにすやすやと寝息を立てる司に、思わず微笑みを漏らす。
「…司は大物だな。周りの大人は朝から戦々恐々としていたのに…」
百合子譲りの優美な整った顔立ちの司は、両親に目の中に入れても痛くないほどに可愛がられていた。
今朝、葉山の別荘に連れて行くと嘘をつき司を連れ出し、結局そのまま外国船に乗ってしまったのだ…。
両親はさぞ驚き、悲嘆に暮れているだろう。
…身勝手な両親たちだが、司を愛している気持ちは本物だった。
忍は少しだけ心が痛んだ。
しかし、百合子を守る為だ。
それに司と百合子を引き離したことは、やはり許せない。
百合子の継母と結託し、意に染まぬ再婚話を強制したことも…。
あの強欲な継母は、百合子を四国の成金の金満家に嫁がせ、自分だけ富を得ようとしていたのだ。
その片棒を担ごうとした両親を、忍はやはり許せなかった。

…忍が物思いに耽っていると、遠慮勝ちな扉を開く音が聞こえた。
顔を上げ…思わず見惚れる。
…隣室の小部屋で着替えていた百合子が静かに入ってきた。

…百合子は、白綸子の寝間着に白い縮緬の帯を巻いて消え入りそうな風情で立ち竦んでいた。
長く美しい髪は緩く纏められ肩に垂らされている。
少女のように華奢な儚げな身体つき…。
化粧気のない素顔は透き通るように白くきめ細やかで、整った目鼻立ちは高貴な雛人形のようだ。
とても五歳の子どもを持つ母親には見えない。
まるで、絵巻物から抜け出した無垢なお姫様のような楚々とした美しさであった。

忍は百合子を怖がらせないようにゆっくりと立ち上がる。
「…ネグリジェに着替えなかったの?」
あの酸いも甘いも噛み分けた執事がネグリジェも持たせてくれた筈だった。
「…落ち着かなくて…」
消え入りそうな声で答える百合子の伏せられた長い睫毛は小刻みに震えていた。
…真珠色のネグリジェは胸元が大胆に開いた絹で出来たものだった。
洋装に慣れていない百合子は思わず怖気付き、司の乳母が用意してくれた荷物の中にあった綸子の寝間着を選んだのだ。

忍は何も言わずに微笑むと、優しく手を差し出した。
「…おいで、百合子…。一緒に寝もう…」
おずおずと伸ばされた白い手は、やはり氷のように冷たかった。
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