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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第1章 其の壱
忍は静かに眠りに就いた百合子を飽くことなく、見つめ続けた。

…義姉さん…。
漸く、義姉さんは俺のものになってくれたんだな…。
ずっと胸の奥底に秘めていて…最早叶うとは夢にも思わなかった恋が成就した喜びに、忍の胸は少年のように高鳴り続ける。


…忍が初めて百合子に出会ったのは十四歳の春…。
兄、篤の結婚式の夜であった。
当時、反抗期真っ盛りだった忍は結婚式など到底出る気にはなれずに、家政婦が止めるのも聞かずに遠乗りに出かけたのだ。

…やんごとない公家のお姫様…か。
どうせ、うちの金目当ての結婚なんだろう。
そして成り上がりコンプレックスの父親は、兄の結婚に華族と縁戚になることの利点を欲したのだ。

兄を嫌いなわけではない。
しかし歳も十歳以上離れているし、性格も大人しく物静かな兄とは普段から特に会話もなく…だからこの結婚も全く興味を持てなかったのだ。

その夜、遅くに帰宅した忍に、父親は雷を落とした。
「兄の婚礼をすっぽかし、その上こんなに遅くまでほっつき歩きおって!」

忍はじろりと父親を見遣った。
「うるせえな、ジジイ」
…どうせ外聞を気にしているんだ。
居並ぶ親戚やお歴々に今日の主役の新郎の弟の不在を皮肉られたか何かで機嫌が悪いのだろう。
俺の心配をしているわけじゃない。
忍は鼻で笑った。

父親がカッとなる瞬間、一人の女性が遠慮勝ちに忍の前に進み出た。
「…あの…。忍さんでいらっしゃいますか。
百合子でございます。今日からこちらでお世話になることになりました。
不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
まだ少年の忍に対して丁寧すぎるくらいに気を遣った挨拶だった。
高飛車で気位が高い令嬢を想像していた忍は、不意を突かれてその女性を見た。

…豪奢な京友禅の黒振袖は、風間家からの結納品だろう。
けばけばしいほどの華美な振袖だったが、百合子の﨟丈た優美な美しさはそれらを帳消しにするほど、その衣裳を引き立てていた。
白く小さな貌、繊細に整った目鼻立ち、そして何より婚礼の日だと言うのにどこか寂しげで儚げな表情に忍は眼を奪われた。
「…あ、うん…どうも…」
間抜けな言葉しか出ない忍を、兄の篤は嫌みではなく困ったように微笑った。
そして百合子の華奢な肩を抱くと、穏やかに告げた。
「忍、百合子さんがこの家に早く慣れるように、仲良くして差し上げてくれ」



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