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女王のレッスン
第3章 ■奉仕のセンセイ
「……前のモデルは?」
「切った。カナ借りた頃に迷ってはいたんだけどな。やっぱり感性の方向が違う」
「へぇ、前みたいに無茶なオーダーして振られたんじゃないんだ」
「うっせぇないつの話だよ。無理か?」
「金曜日でしょう?お店もあるし……」
「19時かららしいし開店遅らせたらいいじゃないですか」
稜くんの言葉に小さく唸り、結衣子さんはしなやかな指先を頬に当てる。
数秒考え込んで、彼女の視線は女王のそれに変わった。
反対の手を腰に当て、一瞬嗤ったと思ったら脚を上げたその刹那、瑛二さんの脚を踏みつける。
「痛って!ユイ!お前っ――」
「世界で一番美しくしないと踏むわよ」
「踏みながら言ってんじゃねえよ!」
結衣子さんは見上げる瑛二さんの顎を指がひと撫でして、妖艶に微笑んだ。
瑛二さんはその仕草に息を詰まらせたように制止した後、嘆息する。
「……わかってるよ」
その答えに満足したのか口角を上げ、女王様は脚を下ろして漸く座った。
「講習はないのよね?」
「ショーだけ」
「じゃあ21時開店でいいかしら」
「そうですね」
「なら稜、動画撮ってくれると助かる」
「いいよ。集合時間とか決まったら教えて」
「それ私も見に行ってもいいの?」
「勿論来て頂戴。久し振りだわモデルするのなんて」
またあれを見れると思うと嬉しくなった。しかもこのふたりの。
ご機嫌で桃を口に含むとじゅわあっと甘い果汁が溢れて目を見開く。
隣を見ると稜くんも同じようなリアクションをしていて笑いが零れた。
「ダロワイヨのシューキュービック……オーボンヴュータンのプティフール……んー、サダハルアオキのマカロンも捨てがたい……」
「おい、なんだその呪文」
「見返りよ。有名女王様を緊縛するんだからこの桃くらい美味しい物頂かなくちゃ」
「お前ほんと謙虚さねぇよな……」
こんなに和やかなのに、上る話題は非日常的。
それが段々当たり前になってきて、違和感なんてどんどん薄れていく。
最近思う。私が信じていた『普通』は、ただの『無知』だったんじゃないかと。
会社から歩いて数分の場所にこの人達の生きる世界はある。
面白い。もっと知りたい。海のように愛情深い、この世界のこと。