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女王のレッスン
第4章 ■仕事のケンガク
瑛二さんは更に煽り、彼女は意を決したように毅然と前を向いて、妖艶に笑う。
彼はその様に微笑んで、組んだ足先を彼女のふくらはぎに這わせた。彼女は身じろぎしたけどそれでも耐える。
傍目には向かい合う恋人同士。テーブルを境界にして、日常と非日常が混在する。
「お待たせしました」
店員がそのテーブルに、ふたりの飲み物を運んでくる。
テーブルの下の非日常を店員の彼女は知らない。日常のものとして彼女は彼女の職務を果たして去った。
私の元にも注文の品が届く。きっと彼らも一旦プレイを中断するだろうとフォークを手にした。瞬間。
「ルカ」
マイクをわざわざ手に持って、私の名前を瑛二さんは呼んだ。
「何?」
「店員が来そうなタイミングでフォーク落とせ」
「……は?」
「聞こえたな?」
驚いて思わずそちらを見る。にやりと片方の口角だけを上げて、彼はマイクを再びテーブルに置いた。
嘘でしょう?言いたくなったけど、嘘である訳ない。
でも同時に瑛二さんがそうしようとしてることもわかる気がした。別に私自身が明確なサディズムを持っているとはとても思えないけど、
彼女は誰かに見られたくないし、見られたいという矛盾を抱えているから。
「わかった」
スマホを持った。多分それが一番自然だ。左手にフォークを握り、店員の視線を待つ。
店内とデッキの境目の人、ちょうどこちらを向く瞬間を狙って、スマホを見ながら指の力を抜いた。
カシャン、と存外大きな音が鳴って私の方がびっくりする。しまった、という顔をわざわざ作らなくてもそうなった。
跳ねて私から少し彼らの席の方へ落ちたそれに気付いた店員の彼女はにこやかに微笑んで小走りで向かってくる。
私は目礼しつつ、彼女がしゃがんで拾う間チカさんを見た。
彼女が目を薄く閉じ唇を噛む。まるで絶頂に耐えるように。
もしこの店員が少しでも向こうに顔を向ければチカさんの行為は見られてしまう。
だけどそうはならず、「新しいものお持ちしますね!」という元気な声に視線も思考も引き戻された。
「……頑張ったな。休憩しようか」
優しく穏やかな声。チカさんに漸く安堵が訪れる。
「ルカも。いい仕事したよ」
店員が「どうぞ」と新しいフォークを持ってきてくれてにこやかにテーブルに置いた。
「どうも」
どちらに対しても発した言葉だった。