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女王のレッスン
第4章 ■仕事のケンガク
それからの日々は、これまでのことが序章に過ぎなかったことを思い知るに十分だった。
火曜日、8 Knotの休み明け、会社帰りにお店の扉を開けたら
「いらっしゃいませ、……ルカ」
と、営業スマイルから静かな顔に急降下したバーテンダー姿の稜くんに迎えられた。
露骨な変化に口を尖らせ「何よ」とぼやきつつ、壁の赤を妖しく映えさせた薄暗い店内に入ると、L字の角、
艶やかな黒のボンデージ衣装を身に纏った結衣子さんが、下着姿で四つん這いになった男性の背に座ってショートパンツから伸びる足を優雅に組んでいた。
奥から女の子の声が時々聞こえたけど、それらがいっそノイズな程。
あんぐりと開けてしまった口のままそのふたりを暫く見ると、結衣子さんは蠱惑的な笑みと瞬きひとつで私を一瞥した後、再びカーテンを向く。
思わず指を差して稜くんを見たら、手招きされてカウンターに寄った。
「ちょっとだけ静かにね。今あの人かなり乗ってきてるから」
「それは物理的にかな?」
「彼女のことじゃないよ。お客さん」
こそこそ声ながら呆れ顔で言って稜くんはそちらを見たから、私もつられて見る。
「トランス状態近い。多分彼女の声以外殆ど聞こえないとは思うけど一応」
漏れ聞こえる息が確かに欲情の色を帯びていて、横顔で見る結衣子さんは澄ましたまま薄く笑っていた。
「何かいる?ってか飲める?」
「飲めるけど、なんか飲む気ちょっとなくした……」
「そんなショックなの。軽いの適当に出そうか。あと荷物預かるよ」
「うん。よろしく」
バッグに紙のタグが巻かれ稜くんが一度裏に行った後、ボトルを見繕い、氷を砕き始めた。
私はそれを少し見た後、結衣子さんの方へ目を向ける。
彼女の右手に握られているのは、ぴんと伸びた教鞭のようなもの。
振ることもなく静かに膝の上に乗せている。
「ねえ稜くん、結衣子さんが持ってるあれ、何?」
「乗馬鞭。ジョッキーが使うやつ。そこの壁や棚に色々あるよ」