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女王のレッスン
第6章 ■孤高のキンバク
「ついさっき帰ったよ。段取りよく進んだし泊まりにする必要なかったかもな」
「まあ遅くに帰るのも面倒だし合宿みたいで楽しいじゃない。急ぐ必要がないなら少しゆっくりやりましょう」
結衣子さんが腰を下ろし、私もその向かいに座る。
眼鏡やレースのリボン、麻紐、ギャグやクリップ、大小様々な羽根に混じって、翅を閉じかけた青い蝶の標本。
使ったんだろうか。疑問に思って手を伸ばそうかと思案した時、結衣子さんの手が先にそれを取った。
「よく出来たイミテーションね。この蝶々使ったの?」
「ああ、飾り縄の手の上に止まらせてみたりな。でもなんか違和感あって使わなそうだ」
「ふうん、勿体ない。綺麗なブルーなのに」
彼女の細い指の上に載せるとそれだけで少し絵になる。
瑛二さんがその様を膝で頬杖をつきながら見ていた。
「……何?」
「見てるだけだよ。続けろ」
「そう言われるとやりにくいんだけど」
「気にするなよ、思うまま好きにしたらいい。得意だろ」
瑛二さんに促されて、結衣子さんは軽く彼を睨んだけど、瞬きひとつですぐに無表情になった。
彼女はスイッチでも切り替えたように、蝶を自身の爪先、脚、髪、胸と色んな場所に滑らせていく。
さながら彼女も標本の一部。緊縛師の目の前でイマジネーションを駆り立てて、彼の衝動を呼ぼうとしてる。
「モデルは指定した格好しか基本しないからなぁ」
「そうだね、なかなかこうは動いてくれない」
稜くんが同意して腕を組んだ。一緒になっていいものを作りたいと考えるのは彼も同じらしい。
結衣子さんはふたりの会話など入ってない素振りでイミテーションと対話する。
やがて光明が差したように天を仰ぎ、目を閉じて蝶を額から鼻、唇と移動させた。
「ストップ」
唇に載せた瞬間瑛二さんの声が掛かり、結衣子さんは目だけで彼を向く。
「それいいな。呼吸管理っぽくて」
「そう?カメラ持ってくる?」
「いや、構図だけいくつかスマホで撮る。先にルカ撮ってその後にしよう」