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女王のレッスン
第6章 ■孤高のキンバク
部屋を出て最初にしたのは深呼吸。それから左右を見渡し、先に退室した彼の姿を探して歩く。
この息苦しさをなんとかして吐き出して共有したかった。
あのふたりにとってもこれでよかったはず。何よりこれ以上見ていられる気もしなかった。
キッチンに出ると風が吹き抜けていって、足を止めた。中庭かもしれない。
そちらに向かって歩みを進めると、高音を甘く掠れさせた歌声が聴こえてきた。
メロディに聴き覚えがあるな、と思案したのは一瞬。結衣子さんが車で歌っていたのだと思い至る。
中庭の窓は開け放たれ、電気も碌につけず、歌声の主はグラスを傍らにこちらに背を向けて座っていた。
「稜、くん」
呼び掛けると歌がやんで、彼が振り向く。
「ルカ。出てきたんだ」
「瑛二さんが縄解いたから。隣いい?」
「うん」
グラスを手にして稜くんは僅かにスペースを作り、私はそこに腰を下ろした。
中庭の奥を見遣ると物干しには麻縄が垂れ下がり、カナちゃんが言っていた笹竹が数本風に揺れていた。
「今の歌、結衣子さんも車で歌ってた」
物悲しいけど力強さがある、彼女のイメージにはそぐわないようなロック。
「彼女は歌うっていうかメロディ口ずさむだけでしょ」
「そうそう。屋根開けて、サングラスで」
「やられたね。バンド好きなんだけど歌詞聴かないから覚えないんだ。好きな音だから聴くらしい。折角色々教えたのに」
「あれ、稜くんセレクトなの?」
「うん。部屋で流れていたのが俺も好きなアーティストだったから、じゃああれはこれはって勧めてる内にミュージックリストがかなり被るようになったんだ」
稜くんは片膝を引き寄せ、グラスを手の中で転がしながら柔らかに語る。
意外な共通点。お店で流してたのも、ふたりにとっては子守唄みたいなもの。「そっか」と呟いて星空を見上げた。少し前に見た時より濃くなった青。
隣の彼もカナちゃんのように七夕に何か願ったのだろうかとふと気になった。