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女王のレッスン
第7章 ■最後のレッスン
10日過ぎても、瑛二さんからの返答がない。
講習に行っても、同行しても、家で作業を手伝っても、私の申し出に対しての答えがないまま淡々と時間が過ぎていって
二週間を数えた頃、家まで送って貰った車の中で、お礼を言い掛けた瞬間に「いつがいい?」と問われた。
それが彼の返答であるとすぐに察せなかった私の視線は宙に浮き、「ああ、」と彼を見た時にはやっとか、と呆れすら覚えていた。
私が共にする同行の予定は、この先もうない。
単純に共有されていないだけか、もうないのかどうかは聞いていなかったけど、着々とこちらでする仕事を片付けているのは事実。
緊縛講習だけは聞いている出発日の直前の週まであるから、妙な所律儀で笑えてしまう。
決まった日は、その出発日の一週間前。火曜日の昼。
いつもより入念にシャワーを浴びて、向かう途中でエクレアを買ってみた。
初めて行った時に持っていったもの。大した感慨ではないのだけれど。
少しは変われただろうか。
普通を普通のものとして受け止めていた時と、そんなのただの思い込みだと知った今と。
普通じゃないものの中にあるかけがえのないものを拾い集めて、おかしいことなんてないと言える信念を持てた今と。
すっかり通い慣れたマンションを見上げて中に入った。
エレベータで上がり、廊下を進んでインターホンを鳴らすと、いつもの低い声が迎えてくれる。
「はい」
「遥香です」
「おお」
ドアが開いて瑛二さんが顔を出し、「どうぞ」と招き入れた。
「差し入れ」
「ありがとう。あのエクレア?」
「うん。瑛二さんは私のは素直に受け取るんだね。結衣子さんのは嫌がるのに」
「あいつのは名前も見た目もゴテゴテし過ぎなんだよ」
覚えていたことを意外に思いつつ、コートのボタンを外しながら廊下を進む。
既にコーヒーのいい香りが部屋を満たしていて、代わりにその部屋は前よりもずっと物が減り益々殺風景になっていた。
写真もない。蝶の標本と有孔ボードの道具類がとても浮いて見えた。