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女王のレッスン
第7章 ■最後のレッスン
両手を温めるようにマグカップを手で包んでひと口飲み込んだ。
私の言葉を吟味するように瑛二さんはカウンターに視線を落とし、暫くしてから「そうか」と呟く。
私は最後の一片を放り込んで嚥下した。
「それに瑛二さんだって私に触れたじゃない」
口を軽く尖らせて見れば、彼は片眉を上げて面白くなさそうな顔になる。
思わず漏れたクスクス笑い。困らせる意図はなかったのに。
「確かに、言われてみれば」
「衝動?」
「そうだな。特にキスは、そうだった」
思い出しているのか瑛二さんの目は僅かに宙を彷徨って伏せられた。
あの時この緊縛師が私に何を見ていたのかは、結局わからないまま。
しっとりとした沈黙がふと流れる。
視線がかち合って、熱を帯びたそれから目が離せなくなって、そのまま見つめ合って、否が応でもこの後を連想させる。
「……寝室に」
それでも発せられた言葉に心臓が僅かに跳ねた。
「……うん」
「整理中のアルバムがある。見たかったら好きに見るといい。片付けてるから」
「わかった」
瑛二さんがキッチンに立った。私もスツールから下り、細くドアが開いた寝室へと入る。
これまで一度も入ったことがないこの部屋も物があまりない。大きめのベッドとすぐ隣に本棚。半分開いたカーテンにぴったりと閉じられたクローゼット。
厚めのアルバムが床に乱雑に10冊程散っていた。本棚にもあるからかなりの枚数。
撮影年のラベルがあるものを適当にひとつ取って開くと、緊縛写真がずらりと並ぶ。どれだけの情熱を費やしてきたのかを物語るには十分。
こういうのがあるならもっと早くに知りたかったな。時間が足りない。お手本にも勉強にもなるのに。
一瞥した限り床のものは緊縛だけ。この際だからと本棚のそれも引き抜いた。ラベルには8 Knot。床にぺたんと座って捲る。
お店の外観から誰もいない店内、カウンター、ステージ、テーブル席と続いて、オープン初日らしき集合写真。
3年前の少しだけ若いみんながそこで笑ってる。その先もずっと続く、瑛二さんがすぐ近くで見てきた姿。
アルバムから顔を上げてもう一度本棚を見た。ひとつだけ、ラベルがないものがあってハッとする。
多分、ていうか絶対そう。これの中にはきっと、彼女しかいない。瑛二さんが名前をつけないのなら。