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女王のレッスン
第8章 ■女王のドクリツ
駅に着いて、反対方向へ帰る彼に別れを告げようと向き直る。
「じゃあね、満くんありがとう」
「うん。ところでさ、遥香ちゃん」
「何?」
「そろそろ満夜って呼んでくれてもいいんじゃない?」
思いがけない彼の真面目な響きと表情に、一瞬戸惑いとすぐ後に不満。
腕を組んで顎を上げ、薄目で彼を見下ろした。
「……嫌だ」
「なんでよ」
口を尖らせて抗議する満くんを受け流して、息を吐く。
「稜くんだって結衣子さんに本気になって誰にも言わずに1年ひと筋貫いたんだよ?前にも言ったよね。満くんがそういうの私にも見せてくれるなら少しは真面目に考える」
彼に転ぶのは、多分とても簡単。
だけど私は彼しかいないとは思わないし、遊び人のそれを理解は出来ても彼氏には出来ない。
どこまで本気か、知らないけれど。
「……長いなぁ」
「でもその間に好きな人出来れば普通にそっち行くし、仮に達成しても考えるだけだし」
「だぁよねー。知ってる。まあいいや」
一気に脱力して満くんは笑い、「ばいばい」と言って電車の中に乗り込んだ。
背中を見送り、私もホームに入って来た電車に飛ぶようにして乗る。
あの後私は仕事復帰して、でも金曜日だけ8 Knotで『緊縛体験イベント』の為に働いてる。
それから時々691で緊縛講習を引き受けるようにもなって、今日がその日。
コンデジを起動して保存されている画像を表示させた。
私が撮ってきた緊縛写真の中、バックアップを取っても消すことのない、瑛二さんの姿がある。
真剣な表情で麻縄を操る彼も、初めてこれを受け取った時に撮った、部屋の中で困ったように笑う彼も。
会いたいな、とふと思った。
駅から8 Knotへの道のりを足早に歩けば、じわりと額に滲む汗。
お店に入ったら稜くんに何か冷たいものを貰おうと考えながら、インターホンを押す。
「はぁい」
「結衣子さん、遥香です」
矢継ぎ早に言うとぷつっと切れ、暫くするとドアが開かれた。
私を見上げた後すぐ、外の明るさに細まる彼女の目。
「あら、晴れてる。よかった、雨と晴れとじゃ入りが違うから」
「あ、ごめんなさい、連絡……」
「そんなところ出来れば似ないで欲しいわね」