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海に散る桜
第1章 海に散る桜
 出撃までの短い間、特攻隊の隊員は比較的自由だった。もちろん制約はあるが、点呼の時間にさえ三角兵舎にいれば、自由に街に出ても構わない。竹田は橋本を誘い、さっそく街に繰り出すことにした。

「知覧か。お茶がうまいんだよな」

 温暖な知覧はお茶の産地として全国的に知られていることを竹田は思い出した。

「お茶? ジジイ臭いこと言うなよ。せっかく鹿児島に来たんだ。うまい魚でも食おうぜ」

 万世飛行場ほどではないが、知覧も比較的海には近い。今まで二人がいた桶川飛行学校は内陸部にあり、新鮮な魚にはしばらく縁がなかった。

「お前こそ餓鬼みたいなことを言うなよ。街では薩摩美人がてぐすね引いて待っているらしいぜ?」
「断る」
「お前ならさぞモテるだろうに」

 知覧の街には特別攻撃隊隊員を目当てにした遊廓もあった。この世の名残りに女を抱こうという隊員が多かったからだ。隊長の西田少尉が言うには、そんな隊員の中でも学のある特操上がりの士官は特に人気があるのだそうだ。橋本は特操上がりに加えて、端正な顔立ちをした男の竹田から見てもいい男だった。

「お前だって、女を抱きたいはと思っていないくせに」
「まあな。だからといって、三角兵舎の中でお前と組み合うわけにもいかないしなあ」
「当たり前だ」

 有名無実化してはいるが一応軍隊内での男色は禁じられているのだ。しかも十二人の若い男が雑魚寝をしている兵舎で事に及ぶのは、さすがに憚られる。

「俺は女より断然魚がいい」
「同感だ」

 二人は軍指定になっている食堂「富屋食堂」を見つけ、中に入っていった。
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