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海に散る桜
第1章 海に散る桜
 突然橋本がむくりと起き上がった。竹田もつられて体を起こす。

「お前は死ぬな」

 竹田は吹き出した。

「おいおい、無茶を言うなよ」

 死んで任務を果たす特攻隊員に対し「死ぬな」とは一体何を言い出すのか。

「お前みたいないい奴が死んではだめだ」

 だが橋本は真剣だった。竹田の両腕をつかんで強く揺さぶる。

「俺は明日死ぬ。死んで俺が生きるはずだった分の命をお前にやる。だからお前は生きろ」
「嫌だね。俺もお前と一緒に死ぬ。自分だけ生き残っておめおめと生き恥を晒す気はない」

 死ねない特攻隊員など無様なだけだ。特攻隊に志願しながら生き長らえるなど真っ平ごめんだった。

「お前みたいな奴がなぜ特攻隊に志願した? 国のためか? 俺は死ぬために志願したんだ。特攻隊に入れば大手を振って死ねる。国のためなんかじゃない。自分のためさ」
「俺は……」

 命を散らすはお国のため。志願した頃はそう信じて疑わなかった。だが出撃が間近に迫るにつれ、信じていたものが揺らいでいくような感覚を覚えていた。命とは、特攻とは、一体何なのだろう。今まで自分が信じてきたものは、本当に正しいのだろうか。
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