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海に散る桜
第1章 海に散る桜
 四月十六日早朝。よく晴れた暖かな朝だった。
 
 飛行服に白いマフラーをなびかせた陸軍第七十九振武特別攻撃隊の隊員たちは、第三次航空総攻撃の一員としていよいよ沖縄沖の米国艦隊に向け出撃する。

 十二名の隊員たちが揃うと、隊長の西田は隊員一人一人の目を見ながら水盃を酌み交わした。「水盃」とは互いの盃に水を入れ飲み干す儀式を言う。水は禊の意味を持つものであり、盃に水を入れて飲み干すのは二度と会えない別れを覚悟していることを意味していた。

「靖国でまた会おう」

 西田が微笑んだ。隊員たちは揃って頷いた。「靖国」とはもちろん、戦死者の英霊を祀る靖国神社のことだ。死後の再会を約し、もう一度皆で盃を干した。

 西田の前にいるのは二十代前半の若い隊員たち。皆、信じる物のために、今、その命を捨てる――。

 第七十九振武隊十二機は尾翼の桜の標識を朝日に輝かせながら知覧飛行場を飛び発ち、やがて開聞岳の向こう側に消えた。隊員たちのいなくなった三角兵舎では、なでしこ隊の女学生たちが屋根に上り、機影が見えなくなってもいつまでも手を振っていた。
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