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海に散る桜
第1章 海に散る桜
「竹田」
「どうした、橋本」

 食事を終え兵舎に戻ろうとした竹田を、同僚の橋本が呼び止めた。橋本は竹田と同じ特操上がりの少尉であり、隊員の中で一番親しくしていた。特操とは正式には特別操縦見習士官と言い、専門性の高い操縦教育に対応できる者を各種高等教育機関の卒業生及び在学生から登用した陸軍独自の制度を指す。この特操出身者は教育を終えるのと同時に少尉として任官するのが特徴だった。

「沢田大尉が知覧飛行場から特別攻撃隊として出撃されたそうだ」
「……そうか」

 沢田大尉は二人の特操時代の教官だった。転属したとは聞いていたが、まさか転属先が特別攻撃隊だとは思わなかった。なぜなら沢田大尉には妻と三人の幼い子供がいるからだ。

「奥さんと子供を遺して逝くのは、さぞ心残りだっただろうなあ」

 通常、戦闘機は目標への攻撃を終えた後基地に帰還する。だが特別攻撃隊はたとえ目標を撃沈したとしても帰還は許されない。最低限の燃料と最大限の爆薬をもって敵に突撃し、機体もろとも命を散らす運命の部隊だ。特別攻撃隊としての出撃は死と同義だった。特別攻撃隊創設当初は親一人子一人、長男、妻子持ちなどの兵士は選抜から外されていた。だが妻帯者の沢田が出撃したように、今では個々の事情が考慮されることはなかった。

「しっ、誰かに聞かれたらどうする。お国のため、見事散華されたと言え」

 竹田は慌てて橋本の口を塞いだ。誰かに聞かれて上官にでも告げ口されたら大変なことになる。橋本は端正な顔立ちの見栄えのいい男だったが、正直に物を言い過ぎるのが玉に瑕だった。
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