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海に散る桜
第1章 海に散る桜
 夜八時。日夕点呼が終わり、静かだった兵舎がざわつき始めた。週に一度配給される酒や菓子をつまみながら賑やかに談笑する者もいれば、屋外へ出て一人静かに月を眺め物思いに耽る者もいる。そして――。

 押し殺された二つの荒い吐息が、橋本の部屋に響いていた。同室の人間は出払っているが、木造兵舎の壁は薄い。うっかり声を上げて左右の部屋に二人の行為を知られたくはなかった。

「は、橋本……」

 竹田は堪え切れず橋本の裸身に爪を立てた。涙目で橋本を見上げる。内側から滾る男としての熱量を竹田は必死で抑え込んでいたが、そろそろ我慢も限界に達していた。

「もう少し、もう少しだけ我慢してくれよ。時間一杯楽しまなきゃ損だろう?」
「そんなこと言ったって、人間には我慢の限界というものがあってだな……」

 二人は橋本の部屋で同衾していた。引き締まった若い肉体が布団の上で絡み合う。軍内部での男色は珍しいものではない。男所帯の軍隊だ。建前として男色は禁止されていたが、若い欲望の捌け口を求めて、また、人肌の温もりを求めて男同士夜な夜なまぐわうことも当然のように行われていた。
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