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隷吏たちのるつぼ
第2章 第一章 醒めゆく悪夢

だが男は、智咲の怪訝が不安に変わる前に値踏みを終え、黄ばんだすきっ歯を見せてニタアと顔を崩し、どーぞ、と中へと促してきた。
「……失礼します」
玄関から見えたのはフローリングが広がっているだけの、生活感の全くないワンルームだった。一応スリッパも用意されている。やはり仮の事務所という感じがする。こんな男と二人きりになるのは危ないかな、とは思ったが、いざとなったら近所に聞こえる大声を上げればいいんだ、と、智咲は室内へ歩を進めた。
「じゃ、ここ座って」
男は小さなテーブルの前に折り畳み式の椅子を広げ、卓上にあったカップラーメンの汁をズズッと啜った。その音に眉を顰めていると、大判封筒から用紙を取り出し、バインダーに挟んで手渡してくる。
『エントリーシート』と銘打たれていた。
電話をした時、履歴書を持参したほうがいいか問うたが、不要だと言われた。これを書くからだろう。智咲は何の疑問もなく、ボールペンを走らせ始めた。
氏名、ふりがな、生年月日。──住所のところで筆が止まる。
「あの……」
「んー?」
男は智咲が記入し終えるのを待っている間、ポータブルテレビを観ていた。テーブルに肘をついたまま、目線だけこちらへ向けてくる。
「住所、って書かなければいけないんでしょうか」
「なんでー?」
「……い、家に内緒なので」
「ああ、べつにいいよ、連絡取れる電話番号だけで」
鼻を擦って洟水を鳴らし、男はテレビへ目線を戻した。
安堵した智咲だったが、再び筆を進めていくにつれ、こんな身装に無頓着で、だらしない男へ相談したことが癪になってきた。安物のスピーカーから、後で挿入したことが丸わかりのオバサンの声が音割れして聞こえる。男は通販番組へ向かって「うへ、高っけぇって」と文句を言った。
(うるさいなぁ……)
学生の場合は学校名。残り半分は志望動機や希望事項を書くフリースペースになっている。正直に、小遣い稼ぎのためと書き、曜日や勤務時間には制限があるとも書いた。
最下段には「裏面もあり」と書かれていた。
「……失礼します」
玄関から見えたのはフローリングが広がっているだけの、生活感の全くないワンルームだった。一応スリッパも用意されている。やはり仮の事務所という感じがする。こんな男と二人きりになるのは危ないかな、とは思ったが、いざとなったら近所に聞こえる大声を上げればいいんだ、と、智咲は室内へ歩を進めた。
「じゃ、ここ座って」
男は小さなテーブルの前に折り畳み式の椅子を広げ、卓上にあったカップラーメンの汁をズズッと啜った。その音に眉を顰めていると、大判封筒から用紙を取り出し、バインダーに挟んで手渡してくる。
『エントリーシート』と銘打たれていた。
電話をした時、履歴書を持参したほうがいいか問うたが、不要だと言われた。これを書くからだろう。智咲は何の疑問もなく、ボールペンを走らせ始めた。
氏名、ふりがな、生年月日。──住所のところで筆が止まる。
「あの……」
「んー?」
男は智咲が記入し終えるのを待っている間、ポータブルテレビを観ていた。テーブルに肘をついたまま、目線だけこちらへ向けてくる。
「住所、って書かなければいけないんでしょうか」
「なんでー?」
「……い、家に内緒なので」
「ああ、べつにいいよ、連絡取れる電話番号だけで」
鼻を擦って洟水を鳴らし、男はテレビへ目線を戻した。
安堵した智咲だったが、再び筆を進めていくにつれ、こんな身装に無頓着で、だらしない男へ相談したことが癪になってきた。安物のスピーカーから、後で挿入したことが丸わかりのオバサンの声が音割れして聞こえる。男は通販番組へ向かって「うへ、高っけぇって」と文句を言った。
(うるさいなぁ……)
学生の場合は学校名。残り半分は志望動機や希望事項を書くフリースペースになっている。正直に、小遣い稼ぎのためと書き、曜日や勤務時間には制限があるとも書いた。
最下段には「裏面もあり」と書かれていた。

