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隷吏たちのるつぼ
第2章  第一章 醒めゆく悪夢
 相変わらずのテレビのボリュームと男の独り言に眉を顰めながら、バインダーから外した紙を裏返したところで、智咲の手は再び止まった。

 初体験の年齢。
 これまでの経験人数。
 性癖はSかMか。

 以降も卑猥な質問が並んでいる。

「あ、あのっ」
 今度は男は返事もせずに智咲を一瞥した。「これ、なんですか……?」
「んー? なにって、アンケートだよ、アンケート」

 そう言って男は欠伸をする。

「だ、だって、こんなの関係ないじゃないですかっ」
「関係あるかどうかは、こっちが決めるの。当然じゃん、客ショーバイなんだからさ」
「えっと、私……」

 ここに至って、どう考えてもおかしいと思った智咲は、バインダーをテーブルに置き、足元のバッグを手に取って立ち上がった。

「あっれ、どーしたの?」
「帰りますっ。こんなの書け……」
「ふーん」

 智咲が言い終わる前に男はテレビを消し、卓上に擲たれたバインダーを手に取った。

(……!)

 男が手を差し伸ばした時、袖口から腕が覗いた。肌には銅錆色の文様が纏われていた。ハッとして男の顔を見直すと、それまで下品さしか感じなかった人相に凄みが現れていた。

「本山智咲ちゃん、っていうのかぁ。J大行ってるなんて頭いいし、お嬢様なんじゃん。あーなるほど、親に内緒で、お金が必要なんだねー」
「か、返してくださいっ」
「返せって、コレはもともとウチのもんっしょー」

 男が携帯を操作するや、バッグの中で智咲の電話が震えた。

 どうしてすぐに破り捨てなかったんだろう。連絡先を知られてしまったことが、更に智咲を恐怖に駆り立てた。

「そんなコワい顔しないでさぁ。面接しよーよ、面接。てか、ドア開けた瞬間、余裕で合格なんだけどね」
「い、いえ、わ、私、やっぱり……、やめます」
「あ、そ。でもさ、J大のお嬢様がこんなとこの面接受けに来たってだけでヤバいんじゃないの? オウチにはナイショなんでしょ?」

 背すじが震えた。毅然としようにも、瞬きをすると睫毛に雫が溜まる。

「お、大声……、だ、出し……」

 とても出そうになかった。助けを求めればいい。そんな考えはあまりに浅はかだった。
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