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隷吏たちのるつぼ
第2章  第一章 醒めゆく悪夢



 壁塀で仕切られた入口に立った智咲は、周囲を見回してから中へと入った。ここへ着くまで、誰かが追けてきているかもしれないという強迫に、何度も後ろを振り返った。

 駆け出せば充分逃げ仰せたのに、本名も学校名も、何より連絡先を知られたことで冷静さを失っていたし、足がすくんでしまってできなかった。

 裏面のアンケートは男が直接口頭で問うてきた。少しでも口ごもると、ダン、とわざとらしくテーブルを叩かれて、嘘すらつけなかった。

「体入しようよ、体入。ちゃんとお給料払うからさ」

 全て答えさせた後、チラリと時計を見た男はそう言った。

「た、たい……?」

 聞いたことのない語の意味を聞き返そうとした時、男の携帯が震えた。

「はい。……あーっ、どーもどーも。え、今日こっちだったんですかー。ええ、はい」
 男はすこぶる人当たりの良い声音に変わり、「ああ、ミヨですか? すみません、今日は出勤無いんですよねぇ。……ヒナ? 今日は夕方五時からなんです。もう近くまでいらっしゃってます?」

 何の電話かわからないまま、智咲はカットソーの裾を握って立ち尽くしていた。

「あのですね、今なら初出勤のコがご案内できますよ? お客様のお好きな清純タイプです。もちろん、業界未経験、……いやいや、嘘じゃないですって! ぶっちゃけ、ミヨやヒナとはレベルがダンチですよ。……あと、それにですね、お客様。そのコ、何と処女、バージンなんすよぉ」

 男が最後に小声で付け加えると、自分のことだとわかった智咲はカッと紅潮した。訊問された際、微かな声で経験人数はゼロであることを伝えると、処女なのにこんな面接を受けに来たのかと爆笑された。その恥辱を再燃され、小さく足踏みをして後ずさったが、男に睨みつけられて制された。

 電話を切った男は、矢継ぎ早に指示をしてきた。

 このホテルの何番の部屋へ向かえ。部屋に入ったら客に希望オプション聞いて、こっちに連絡を入れろ。プレイが始まる前にタイマウォッチをスタートさせるのを忘れるな。
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