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隷吏たちのるつぼ
第2章  第一章 醒めゆく悪夢
「ま、常連サンだからよ? お前なんかよりシステムはよくわかってるさ。感謝しろよ? キチ客じゃなくて紳士に付けてやんだからよぉ」
「な、何をさせるつもりなんですか……?」
「客が希望することをすりゃいいんんだよ。あーでも、オプション料払ってないことをやろうとしたら、すぐに連絡入れろ。まあ、そんなことするような客じゃねぇけどな。あーそーだ、それから、裏オプとかしようなんて考えんなよ? ぶっ殺すからな?」
「う、裏オプ……?」
「わかんねぇならそんでいいわ。おらっ、とっとと行けよっ。十五分待っても連絡なかったら、追い込みかけるからなっ!」

 男に追い立てられてやってきたホテルにはテレビドラマで見たような、部屋を選ぶ巨大パネルは見当たらなかった。誰とも付き合ったことがない智咲はラブホテルとレストルームの違いもわからず、誰にも会わずに部屋まで行けるものだとばかり思っていたのに、入ってすぐの小さなカウンターに座していた老女に一瞥された。

「どちら?」
「あ、あの……」
 涸れる声で、「二〇三、です」
「おなまえ」
「チ、チサト、です」

 男が適当につけた源氏名を告げると、老女は手元のメモを見て軽く頷き、面を伏せた。行け、ということだ。

 廊下を見回したが、エレベーターを見つけることはできなかった。傍にあった階段を上っていく。段を踏みしめるごとに動悸が高まり、部屋の前に来た時には息苦しくなっていた。

 ドアは冷酷に、智咲の前に聳えていた。ノックをしようと震える拳を差し上げたところで、脇にチャイムが備えられていることに気づく。何ら事態の変わらぬ深呼吸をしてからボタンを押すと、心中を察したかのような、途切れ途切れのメロディが鳴った。

 ドアが開き、壮年の男が智咲を迎えた。
 治まりかけていた涙腺が、また緩みそうになった。

 生え際が後退してダウンライトにテカっており、もみあげから口周り、喉元まで青々としたヒゲ面。汗染みていることが外観でもわかるワイシャツ。袖をまくった腕には剛毛が生い茂っている。野暮ったいスラックスで包み隠していても、ベルトがぴっちりと張った腹は逞しさとは程遠い。どこを見ても、清爽さなど欠片も感じられない。
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