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隷吏たちのるつぼ
第2章  第一章 醒めゆく悪夢
 靴下とサングラスだけの異様な姿で近づいてくる。渦を巻く剛毛が生いた腹の下からは、醜い牡茎が再び上を向いて、猛々しく反りかえっていた──

 これ以上は思い出したくもない。
 しかし記憶を封じることはできても、消え去ってはくれない。ずっと、脳の底に凝着している。

 解放された時には夕刻になっていた。代金を刺青男に渡し、給金は受け取らずにマンションを飛び出した。その足で携帯ショップへ行き、電話番号を変えた。何度も手を洗ったが、汚辱感はいつまでたっても消えなかった。

 翌日から怯えて過ごすことになったが、刺青男が付きまとってくるようなことはなかった。
 何日か経ち、恐怖の影が薄らいでくると、次に激しい自己嫌悪が襲ってきた。騙された悔しさも、受けた恐ろしさも、誰とも分かち合うことはできない。お嬢様だと子供扱いされるのを見返すために──異性と洒落た会話ができる大人びた女になりたい、そんな幼稚な動機で暴虐に遭った悔恨が、智咲をこの上もなく苛んだ。

 結局、受講料は母親と兄へ嘘をついて借りた金で払い、講習が終わるまで更に別の嘘をついて通った。

 首都圏の採用は競争率が高くて叶わなかった。地元出身者が条件ではない自治体を探して応募していくうち、東京から新幹線で二時間かかるN市に何とか引っかかった。

 突然、家を出て公務員になると言い出した智咲へ、家族は反対の意を唱えたが、充分な対話もせず、家出同然でN市にやって来た。今も母と兄は心配して連絡をくれるが、父親からは一切音沙汰がない。

「──何で私だけあんなとこなんだろ。人、ぜんぜん来ないのに」

 やかましいヒップホップが、暗い記憶に滲みてくるアルコールの鈍痛を増長して、智咲は俯いた。

 今の己が身を振り返ると、愚劣に思えて仕方がない。給料から返していくつもりでも、優しい母と兄を騙したことは償えない。そして、あの狭い部屋の中での出来事は、この先も自分を苦しめるだろう。

 そこまでしてなった市職員なのに、いや、だからこそ、配属には不満があった。

「なに贅沢言ってんの? 本庁なんか、すっごい人来るよ。そりゃもう、いろーんな人がね。本山ちゃんが羨ましいよ」
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