この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
隷吏たちのるつぼ
第2章 第一章 醒めゆく悪夢

7
居酒屋だとばかり思っていたが、『すがい』は山あいの小さな料亭旅館だった。広い座敷に通されると、座卓には豪勢な料理が並んでいた。
「ほー、着替えても可愛らしいねぇ」
先に着いていた元民生委員の老人は、私服に着替えて現れた智咲を見て微笑んだ。これも、セクハラと言えなくもなかったが、全く邪心が感じられなかったから、久々に人と飲めて嬉しがっている老人の酌をし、話相手になってやっていた。
しばらくすると廊下をドスドスと歩く音がして、いきなり襖が開いた。
「遅れて悪い!」
現れたのはノーネクタイにワイシャツ姿の男だった。「よぉ、じっちゃん、久しぶり、元気かよ!」
ビールは最初の一杯だけ、すぐに燗を嗜んでいた老人が、
「おお、征四郎、久しぶりだなぁ。ちゃんと仕事しとるのか?」
と呆れ顔を隠さずに言った。
「やってるって、そんな心配すんなよ」
「信用できんなぁ。……あいつは元気なのか?」
「親父? ああ、元気、元気。まだ色々口挟んできやがるぜ」
「それはお前がしっかりせんからだ。あんまり周りの人間に迷惑かけんようにしろよ。前みたいに──」
「いや、じっちゃん、わかってるから。ほらほら、飲みな飲みな」
征四郎は老人の小言を遮って酌をした。智咲には話題を逸らしたように見えた。
そして、入ってきた時から気づいていたろうに、わざとらしく、
「……おっ、女の子がいる。じっちゃんも隅に置けねえな」
と、徳利をこちらにも差し出してきた。
「い、いえ、私は結構です。あまり飲めないので」
「そう言うなって。あまり、ってことは、ちょっとくらいは飲めるんだろ? それとも俺の酒が飲めねぇの?」
「そういう意味じゃ……、わ、私、車なので」
会館に車を置いたまま、芳賀とタクシーでやってきていた。思ったより遠く、智咲は今日の帰りと明日の朝のタクシー代のことを考えると、アルコールは口にせず、酒席が終わってから職場へ戻って車で帰ろうと考えていた。
「大丈夫、タクシーチケットあげるよ。今日は飲み放題食い放題。ここはウチの交際費で落ちるからさ」
「そんなわけには……」
居酒屋だとばかり思っていたが、『すがい』は山あいの小さな料亭旅館だった。広い座敷に通されると、座卓には豪勢な料理が並んでいた。
「ほー、着替えても可愛らしいねぇ」
先に着いていた元民生委員の老人は、私服に着替えて現れた智咲を見て微笑んだ。これも、セクハラと言えなくもなかったが、全く邪心が感じられなかったから、久々に人と飲めて嬉しがっている老人の酌をし、話相手になってやっていた。
しばらくすると廊下をドスドスと歩く音がして、いきなり襖が開いた。
「遅れて悪い!」
現れたのはノーネクタイにワイシャツ姿の男だった。「よぉ、じっちゃん、久しぶり、元気かよ!」
ビールは最初の一杯だけ、すぐに燗を嗜んでいた老人が、
「おお、征四郎、久しぶりだなぁ。ちゃんと仕事しとるのか?」
と呆れ顔を隠さずに言った。
「やってるって、そんな心配すんなよ」
「信用できんなぁ。……あいつは元気なのか?」
「親父? ああ、元気、元気。まだ色々口挟んできやがるぜ」
「それはお前がしっかりせんからだ。あんまり周りの人間に迷惑かけんようにしろよ。前みたいに──」
「いや、じっちゃん、わかってるから。ほらほら、飲みな飲みな」
征四郎は老人の小言を遮って酌をした。智咲には話題を逸らしたように見えた。
そして、入ってきた時から気づいていたろうに、わざとらしく、
「……おっ、女の子がいる。じっちゃんも隅に置けねえな」
と、徳利をこちらにも差し出してきた。
「い、いえ、私は結構です。あまり飲めないので」
「そう言うなって。あまり、ってことは、ちょっとくらいは飲めるんだろ? それとも俺の酒が飲めねぇの?」
「そういう意味じゃ……、わ、私、車なので」
会館に車を置いたまま、芳賀とタクシーでやってきていた。思ったより遠く、智咲は今日の帰りと明日の朝のタクシー代のことを考えると、アルコールは口にせず、酒席が終わってから職場へ戻って車で帰ろうと考えていた。
「大丈夫、タクシーチケットあげるよ。今日は飲み放題食い放題。ここはウチの交際費で落ちるからさ」
「そんなわけには……」

