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隷吏たちのるつぼ
第2章  第一章 醒めゆく悪夢
 釣り上げられる額。勝手に裏取引をしたら受けるであろう、刺青男の制裁。それらが怖くて叫んだのではなかった。

 誰とも付き合ったことはないし、思いを寄せる誰かがいるわけでもない。本当に好きになった相手のために後生大事にしておく、確固たる道徳観があるわけでもなかった。

 手の中で脈打ち、劣情が漲っている汚らしい肉塊。

 だからといって、かつ、よりにもよって、こんな醜悪極まりないモノに純潔を捧げるなど、あり得なかった。

 性交をねだる男の肉幹は、女性を「家格を守り続けるための道具」と考えている父親の発想と同じ、男の傲慢を具象化しているかに思えた。女の──自分の存在価値は、そんなところにあるのではない。

「そんなこと言わないでさぁ、五十万、だよ?」
「いやっ、こんな汚いのっ! あなたみたいな人とは、死んだっていやっ!」

 依然肉棒を握らされたままだったが、瞳に満腔の嫌悪を宿して言い放った。

 ──暫くの静寂があった。

「ふ、ふふ……」

 男は奇妙な笑い声を漏らして肩を揺らし始めた。やおら立ち上がると、ヌルン、と拳から牡茎が抜け出ていく。

「お、お前だって、金目当てで、こんなことをしてるくせに……!」

 ベッドの上に仁王立ちになって詰め寄ってくる。シーツに尻もちをついて座る智咲は、背中を後ろへ引いたが、すぐにユラユラ揺れる勃起が眼前まで迫った。

 逆上。

 侮辱的な誘いを受けて、言葉を選ばずに罵ってしまった。気色悪い甘え声で淫楽に溺れていた男は、一転、身から黒々とした煙が漏れ出ているかのような憤怒に駆られている。

「ひっ……、あ……」

 後悔しても遅かった。滾る血潮で跳ねる亀頭から顔を背けようとしたが、脳天を掴まれた。下から見上げると、虐意で張り詰めた肉幹が真上に向けて聳え、その向こうから醜貌が見下ろしていた。

「しゃぶれ」
「や、やだ……」

 鼻を衝くニオイに耐えかねて、精液まみれの男の体へ触れることも厭わずに、両手で押し返そうとしたが、生まれて初めて粗野に頭を掴まれた恐怖に力が入らなかった。
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