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隷吏たちのるつぼ
第4章 第三章 詭謀の酬い

ぶつかった時は大丈夫だと思ったけど、あまりに痛むから病院に行っていた、骨折している、という。秀之が平謝りし、治療費はいくらか、と聞くと、
「いやあ、しばらく仕事できなくなっちゃったんだよね。それに……」
征四郎は吊っている左手を掲げた。腕時計の文字盤には大きなヒビが入っていた。「フランクミューラーもこの通り。あん時は気づかなくてね。こいつをさ、家のもんに見られちまって、さすがに黙ってらんなくて、『どこのどいつだ!』ってなことになっちゃったわけよ」
陳謝を重ねたが、あっさりと事故現場を後にしたのに、今さらになって時計の弁償や休職中の補償を持ち出された。
少しずつ弁済するので、家業への圧力をやめてほしい旨を伝えると、
「なんだよ。それじゃまるで篭山が報復してるみたいじゃん」
まさにその通りなのだが、征四郎の機嫌を損ねてしまったと思った秀之はもう、お許しください、を繰り返すしかなかった。あげくの果てには、
「保険とか、期待しないほうがいいぜ? あんた、事故現場から逃げたんだからな。ほら、何だっけ、業務上過失……何とか? 家の仕事、心配だよな。出るとこ出ちゃったら不利になるのはそっちだろ?」
そう言い残して立ち去ったという。
話を聞いて、悠香梨は激怒した。全くの脅迫だ。絶対、事故を警察へ届け出るべきだと主張した。
「そ、そんなことしたら、もうウチの工場はおしまいだよ」
秀之はそう否んだ。
事故履歴を負いたくないのではない。家業が潰れてしまうのを何としてでも避けたいのだ。
かといって、何もできずにオロオロしているばかりの秀之が、明日も征四郎と会うと言った。悠香梨は自分も同行してキッパリと沙汰をつけてやると約束した。
翌日、窓口を訪れてきたり、電話をかけたりする市民よりも、秀之から聞いた征四郎の横暴にイライラしつつ仕事をしていた。
他フロアへ資料をもらいに庁舎を歩いていると、
「よおっ」
と声がかかった。
まさに苛立ちの元凶が立っていた。
「へへ、悠香梨ちゃん、今日もキレイだねぇ」
「……」
突然の仇敵の登場に、何から言ってやろうか思案していると、征四郎の方から小声で、
「なんか、彼氏、大変そうだね」
「いやあ、しばらく仕事できなくなっちゃったんだよね。それに……」
征四郎は吊っている左手を掲げた。腕時計の文字盤には大きなヒビが入っていた。「フランクミューラーもこの通り。あん時は気づかなくてね。こいつをさ、家のもんに見られちまって、さすがに黙ってらんなくて、『どこのどいつだ!』ってなことになっちゃったわけよ」
陳謝を重ねたが、あっさりと事故現場を後にしたのに、今さらになって時計の弁償や休職中の補償を持ち出された。
少しずつ弁済するので、家業への圧力をやめてほしい旨を伝えると、
「なんだよ。それじゃまるで篭山が報復してるみたいじゃん」
まさにその通りなのだが、征四郎の機嫌を損ねてしまったと思った秀之はもう、お許しください、を繰り返すしかなかった。あげくの果てには、
「保険とか、期待しないほうがいいぜ? あんた、事故現場から逃げたんだからな。ほら、何だっけ、業務上過失……何とか? 家の仕事、心配だよな。出るとこ出ちゃったら不利になるのはそっちだろ?」
そう言い残して立ち去ったという。
話を聞いて、悠香梨は激怒した。全くの脅迫だ。絶対、事故を警察へ届け出るべきだと主張した。
「そ、そんなことしたら、もうウチの工場はおしまいだよ」
秀之はそう否んだ。
事故履歴を負いたくないのではない。家業が潰れてしまうのを何としてでも避けたいのだ。
かといって、何もできずにオロオロしているばかりの秀之が、明日も征四郎と会うと言った。悠香梨は自分も同行してキッパリと沙汰をつけてやると約束した。
翌日、窓口を訪れてきたり、電話をかけたりする市民よりも、秀之から聞いた征四郎の横暴にイライラしつつ仕事をしていた。
他フロアへ資料をもらいに庁舎を歩いていると、
「よおっ」
と声がかかった。
まさに苛立ちの元凶が立っていた。
「へへ、悠香梨ちゃん、今日もキレイだねぇ」
「……」
突然の仇敵の登場に、何から言ってやろうか思案していると、征四郎の方から小声で、
「なんか、彼氏、大変そうだね」

