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鬼ヶ瀬塚村
第23章 ガキ
『かぁぢゃんッ!ハシ置いでぐれッ!?』

一郎さんがかがみこみ、カヤさんの耳元で大きな声を上げた。

カヤさんは何かブツブツ言いながらハシを握り締めている。

『かぁぢゃんッ!僕、皿洗いずんだわッ!ハシ…ほれ、離しでぐればッ!!』

カヤさん女優だな…僕は思った。
彼女は痴呆のフリに徹底している。
小さな子供が駄々をこねるようにハシを離さない。
お見逸れする程の演技力だと思った。
同時に少し切なくなった。カヤさんは吾郎さんを殺して猪神を宿らせ、食べる事から逃げたのだ。

惚れた男を殺めたくない一心で、彼女は感情を殺し口を利かない人生を選んだのだ。

言いたい事も常にグッと堪えて…。

『ほーれッ!がぁぢゃんッ!離せッ!』

半ば強引に一郎さんはカヤさんの手からハシを取り上げた。
カヤさんは何かブツブツ言いながら、再び目蓋を閉じた。

本当に僕と真理子さん以外気付いていないのだろうか?

彼女が痴呆ではないという事を。

『信人ぐん、こっちに運んで』

一郎さんに続いて僕は調理場へ向かった。
相変わらず銀バエが数匹飛び交っている。
一郎さんはそれを手で追いやりながら流しの蛇口をひ捻った。

『信人ぐんは拭いでっで』

一郎さんに布巾を渡された。
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