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鬼ヶ瀬塚村
第26章 箱

一郎さんは先程のナイフの先を既存のシートの縫い目に這わした。
そして小さく彼は呟いた。
『だぬきばおわすば、紅鬼天神の情けにうだれあいまずように…』
彼はゆっくりナイフを動かす。耳になんだか心地よい布が避ける音がする。
『…今のは?』
呟きが気になり聞いてみた。
『ああ、今のば死者の残じだもんに対する敬愛でずわ。言うでもねぇ、可哀想に…殺ざれだ命でしょ?だがら死体がら出だもん…肉、骨、皮、毛、体液、内臓、筋…全でにぎちんど僕ば挨拶ずるんだっぺ。ただ殺ざれではいおじまいば悲じいっぺよ』
ビリビリッと一郎さんは力強く後部座席の足元部分を引っ張った。
埃と金魚を混ぜたような臭いがした。
思わずえずいた。
『信人ぐん、無理ずんなっぺや?気分悪げりゃ座っどげ?な?』
一郎さんはナイフを小さく動かしながら言う。
『…大丈夫です』
何が一体全体大丈夫なのか僕自身わからなかった。
けれど、この村に残る事を選択した限り僕も何か出来なければ不安だった。
失望され、殺されてしまう以上に取り残される事が怖かった。
僕は村人にならねばならない。身も心も…そう本気で思った。
目眩でどうかしていたのかもしれない。
きっと、そうだと思う。
そして小さく彼は呟いた。
『だぬきばおわすば、紅鬼天神の情けにうだれあいまずように…』
彼はゆっくりナイフを動かす。耳になんだか心地よい布が避ける音がする。
『…今のは?』
呟きが気になり聞いてみた。
『ああ、今のば死者の残じだもんに対する敬愛でずわ。言うでもねぇ、可哀想に…殺ざれだ命でしょ?だがら死体がら出だもん…肉、骨、皮、毛、体液、内臓、筋…全でにぎちんど僕ば挨拶ずるんだっぺ。ただ殺ざれではいおじまいば悲じいっぺよ』
ビリビリッと一郎さんは力強く後部座席の足元部分を引っ張った。
埃と金魚を混ぜたような臭いがした。
思わずえずいた。
『信人ぐん、無理ずんなっぺや?気分悪げりゃ座っどげ?な?』
一郎さんはナイフを小さく動かしながら言う。
『…大丈夫です』
何が一体全体大丈夫なのか僕自身わからなかった。
けれど、この村に残る事を選択した限り僕も何か出来なければ不安だった。
失望され、殺されてしまう以上に取り残される事が怖かった。
僕は村人にならねばならない。身も心も…そう本気で思った。
目眩でどうかしていたのかもしれない。
きっと、そうだと思う。

