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鬼ヶ瀬塚村
第26章 箱
僕は汗で濡れた手で手すりを握りながら吐き続けた。

先程飲んだわずかな水と空腹で過剰に分泌された胃液ばかりだ。

固形物を一切含まないそれは僕のスニーカーを汚した。

温泉地帯特有の硬水なもんで喉が焼けるように痛い。

『あんだ、大丈夫が?』

僕とさほど年の変わらない小鬼の女が言う。
相変わらず手には棒を握っている。

白いシャツは汗で素肌が透けており、乳房真ん中の乳首が見えた。
それが得体の知らない、いや、知りたくもない液体で赤く染まっている。

少し顔を上げて僕は再び吐いた。

まるで背中一面を鉄の棒で叩かれているようだ。
背中が気管支の逆流に合わせてビクビクと痙攣する。
背筋の筋肉が痛かった。

『ノブ、大丈夫が?』

優子が僕の背中をさすりながら顔を覗き込んでくる。

長い睫毛に囲まれた大きな目は…笑っていた。

たった1%の好奇心で僕はゲロゲロと吐き続けた。
力が抜けて手すりから足場に両手をつく。

首と手足のない胴体、まるで生き物のように動きまわる四肢、人間なのに"人間"が構成しているはずなのに無言の不気味さとグロさの塊だ。

『いいがら、立で?悪がっだな…ノブ…向ごうで休むが?』

優子が僕の腕を持ち上げる。
彼女の華奢な力で僕は口元を拭いながら立ち上がった。
クラクラと目眩がする。
鼻が悪臭で侵される。
脳内は恐怖やら嫌悪感やら不快感やらでいっぱいだ。

僕は再び一礼する様にして吐いた。
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