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シャネルを着た悪魔 Ⅱ
第9章 見た事のない世界
やっぱり何処に行っても何をしても私の苗字が『ソン』である事には気付かれてしまうものなのだろうか。
彼は自分が一口飲んだグラスを私に渡して口を付けろ、と仕草で言ってみせる。
「帝国夫人となれば疑い深くて当たり前だ。ましてや、このVERMINで貰う酒となれば余計かもしれないな」
「……あいにく、ウイスキーは飲めないの」
「へえ。そりゃ失敬。まだここに居るなら、せっかくの出会いだしワインでも飲むことにしますか」
「──そんなに私と飲みたいの」
俳優でもアイドルでもやっていけるな、コイツ。とマネージャーらしい考えがふと脳裏に浮かぶ。それくらい、ユンサと呼ばれているこの男は見た目に関してはイケてるのだ。
まあ、この気障過ぎる……というか取って付けた様な振る舞いは少し気に食わないところもあるんだけどね。
「残念ながら俺たちは水漏れしてるクラブでは飲まないんだよ」
「水漏れ?そんなに古く思わないけど」
「──まあ、帝国夫人ですもんね。そりゃ何処から洩れてるのか、なんて気付かないかもしれない。それが目に見えない様な小さな漏れなら尚更だ」
「でもね、リサさん」
「その漏れを放置しておくと、こんな小さな箱なんて簡単に浸水してしまう。その前にどうなるかと言えば『足場の崩壊』だ。」
「いくら鉄でもずっと水に浸かっていると滑りが出て腐ってゆく」
「それを気付かない奴は、治さない。だから、簡単にこういう"帝國”も崩れてしまうんですよ」
結局、一口も口にしなかったマティーニをユンサは一気に飲み干すとバーテンダーに訛りのある韓国語でドンペリを開ける様に言う。
「私みたいな溝鼠は生きるのに必死だ」
「だから、浸水の可能性がある所からはさっさと出て行くのが習性なんです。でもあなたは違う。」
「──せっかくVERMINに来たんですから、あのドンペリはEDMでも聞きながらゆっくりと飲んでてください。こんな機会、まあ無いでしょう」
立ち上がった彼の目線の先には、心底鬱陶しそうな顔をしている少しだけ背の低い男の子。
髪は明るい茶髪で、顔立ち自体はとても端正だ。身長も低いといっても173cmくらいだろう。