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溢れる好きと君へのキス
第1章 *
「ごめんな、片山。今電話かかってきたんだ。
5分ほど事故の影響で遅れますって。
向こうが明日なのを間違えたんだけどな。
引き返すって言われたけど来てもらうことにしたから、
ちょっと狭いとこでいいからどっか空いてる部屋を…」
社の会議室はAからMまで13部屋ある。
内A・B・Cの3部屋は応接にも使えるくらい重厚な雰囲気で、D・E・Fが小さい会議室で、Jの部屋はエアコンが弱くて…と入社してから覚えるのに苦労した。
今回のグッズ試作程度ならそんなにグレードの高い部屋じゃなくても大丈夫だろう。と考えてながら聞いていると、
「あちらの社長の御子息が同席するらしいから
一番いい部屋にしておいて。
お前は営業部が誰か普通の会議用でとってるって
昨日言ってたから、交換してもらって。
俺は編集部から作家さんのコンセプトデータもらってきて、
そのままエントランス降りる。」
その誰かを知るにはエントランスまで降りなければならない。
口答えするつもりも暇もない。
「わかりました!秒で確保します!」
1階まで駆け下りて確認し、もう一度7階まで登る。
営業部から鍵の所有者を探して交換してもらい
2階の会議室を目指して階段を降りようとしたところで足を盛大に挫いた。
なんでこんなとこで挫くの!
ちょっと痛いが、時間を確認するとあと4分しかなく、止まってはいられない。松野さんに“B 確保”と短いメールを送りながら階段を急ぎ足で降りた。
電子キーを差し込み、“営業/宣伝事業”と印刷されたカードをドアのポケットに入れて“使用中”に変える。
プロジェクターをセットし始めたところで開けっ放しにしてあったドアから足音が響いてきた。やっぱ間に合わなかったか…
「こちらにどうぞ。」
松野さんの低めの声が響く。
入ってきたクライアントに笑顔を向け礼をしてからすぐにプロジェクターにPCをつなげる。
私がやるべき仕事の席への誘導をさせてしまって情けない反面、松野さんの動きがスマートで見入ってしまいそうだ。
いやだからそんな暇はないんだってば!
チェックを終えて松野さんの横に立つ。
中央に立っているのが例の御子息だろう。見るからにスーツが高そうだ。
ふと目が合い、にっこり笑みを向けられた。笑みというかあれは…
電車やバスでたまに出会うようなスマイルだ。
目線をむやみに合わせてはいけない。そう感じた。