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緑に睡る 〜運命の森〜
第1章 告白

紳一郎は私室の窓から外の風景を見つめた。
どんよりと曇った曇天には厚い薄灰色の雲が掛かっていた。
その雲の合間からちらちらと舞い降りるのは…
…風花だ…。
紳一郎の人形のように端正に整った貌に薄く微笑みが浮かぶ。
「…風花が舞えば…もう12月だ…」
来週には十市が軽井沢から戻ってくる。
胸の奥がふわふわと浮き立つように嬉しい。
弾む気持ちのまま、私室を出る。
天鵞絨の絨毯が敷き詰められた仄明るい廊下を歩いていると…
「…あ…」
向こう側から滑るように蘭子が近づいてきた。
…真冬で、しかもまだ昼間だというのに白く細い肩と腕を剥き出しにしたとろりとした真紅のシルクのドレス姿だ。
緩く結い上げた髪にはルビーがふんだんにあしらわれた髪飾りが飾られている。
艶やかな後れ毛が透き通るように白く華奢なうなじにかかり…
…相変わらず高級娼婦のような姿だ…。
すれ違う刹那、紳一郎は目礼をし、やり過ごそうとした。
…すると、蜜のように甘い声が響いた。
「…十市が戻ったそうね…」
…はっと貌を上げると、蘭子は小造りの美しい貌に謎めいた笑みを浮かべていた。
「…はい。母様」
「良かったわね。…どうやら十市は貴方の運命の人のようだから…」
紳一郎は切れ長の眼を見開く。
「…何を…」
妖しい夜の花が開花するように笑う。
「…人には必ず運命の人がいるのよ。…巡り会うことが出来るのは奇跡だわ。…離れずにいられるは更に奇跡…」
そう言って蘭子は廊下の窓の外を見つめた。
「…風花ね…。…あの日も舞っていたわ…」
はらはらと舞い落ちる風花を見入る蘭子の横顔はまるで少女のように無垢で…そして途方もなく寂しげだった。
紳一郎は思わず胸を突かれた。
「…母様…もしかして…」
自分の父親だという森番のことを言っているのかと息を呑む。
ゆっくりと振り返った蘭子の貌にはもう寂しげな色は微塵も残ってはいない。
その代わり驚くほどに優しい声と表情で続けた。
「…昔のことはすべて忘れてしまったわ。
…でも…そうね。
…貴方たち二人が運命の恋人だということは、なぜだか分かるわ…」
「…母様…!」
そしていつものように淫蕩な笑い声を立て、囁いた。
「…私が悪戯できるいい男が一人減って、大層つまらないことだわ…」
やがて蘭子は音もなく通り過ぎ、姿を消した。
仄かに薫る婀娜めいた香水の香りのみを残して…。
どんよりと曇った曇天には厚い薄灰色の雲が掛かっていた。
その雲の合間からちらちらと舞い降りるのは…
…風花だ…。
紳一郎の人形のように端正に整った貌に薄く微笑みが浮かぶ。
「…風花が舞えば…もう12月だ…」
来週には十市が軽井沢から戻ってくる。
胸の奥がふわふわと浮き立つように嬉しい。
弾む気持ちのまま、私室を出る。
天鵞絨の絨毯が敷き詰められた仄明るい廊下を歩いていると…
「…あ…」
向こう側から滑るように蘭子が近づいてきた。
…真冬で、しかもまだ昼間だというのに白く細い肩と腕を剥き出しにしたとろりとした真紅のシルクのドレス姿だ。
緩く結い上げた髪にはルビーがふんだんにあしらわれた髪飾りが飾られている。
艶やかな後れ毛が透き通るように白く華奢なうなじにかかり…
…相変わらず高級娼婦のような姿だ…。
すれ違う刹那、紳一郎は目礼をし、やり過ごそうとした。
…すると、蜜のように甘い声が響いた。
「…十市が戻ったそうね…」
…はっと貌を上げると、蘭子は小造りの美しい貌に謎めいた笑みを浮かべていた。
「…はい。母様」
「良かったわね。…どうやら十市は貴方の運命の人のようだから…」
紳一郎は切れ長の眼を見開く。
「…何を…」
妖しい夜の花が開花するように笑う。
「…人には必ず運命の人がいるのよ。…巡り会うことが出来るのは奇跡だわ。…離れずにいられるは更に奇跡…」
そう言って蘭子は廊下の窓の外を見つめた。
「…風花ね…。…あの日も舞っていたわ…」
はらはらと舞い落ちる風花を見入る蘭子の横顔はまるで少女のように無垢で…そして途方もなく寂しげだった。
紳一郎は思わず胸を突かれた。
「…母様…もしかして…」
自分の父親だという森番のことを言っているのかと息を呑む。
ゆっくりと振り返った蘭子の貌にはもう寂しげな色は微塵も残ってはいない。
その代わり驚くほどに優しい声と表情で続けた。
「…昔のことはすべて忘れてしまったわ。
…でも…そうね。
…貴方たち二人が運命の恋人だということは、なぜだか分かるわ…」
「…母様…!」
そしていつものように淫蕩な笑い声を立て、囁いた。
「…私が悪戯できるいい男が一人減って、大層つまらないことだわ…」
やがて蘭子は音もなく通り過ぎ、姿を消した。
仄かに薫る婀娜めいた香水の香りのみを残して…。

