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緑に睡る 〜運命の森〜
第2章 第二の男
振り返る紳一郎の目に飛び込んで来たのは、颯爽と馬を操り、駆けて来る青山の姿だった。
「…青山さん…」

青山は、焦げ茶色のチェックのツイードの上着にラフなシャツ、アスコットタイ、焦げ茶色の乗馬ズボンに黒革の乗馬ブーツというさながら欧州の紳士のような洗練されたスタイルで騎乗の人となってこちらに向かって馬を走らせて来た。

紳一郎の貌が強張る。
青山はそんな紳一郎を面白がるように眼を細めて微笑った。
「やあ、お帰り。紳一郎くん」
「ご機嫌よう、青山さん」
木で鼻をくくるような返事を返す紳一郎を少しも気にする様子もなく、青山はしなやかに馬から降りた。
「史郎だよ、紳一郎くん。君が優しい態度を取るのは十市くんにだけなのかな?…寂しいことだ」
「青…史郎さん…!」
名前を呼ばれたことで機嫌を良くした青山は、人好きのする笑顔で、十市に話しかける。
「…蹄鉄のメンテナンスも完璧だよ。ありがとう。…本当にただの森番なのか?一流の馬丁にも引けを取らない技術だよ」
…どうやら馬は青山の愛馬で、十市が蹄鉄の手入れをしたらしい。
「…ここの馬丁の爺さんの見よう見まねです…」
謙遜する十市が歯痒くて、紳一郎は口を出した。
「十市はなんでも出来るんです。狩猟や獲物を捌くことはもちろん、鴨や鴫の繁殖、森林の伐採、馬の繁殖や出産、子牛の世話、馬の蹄鉄くらい朝飯前ですよ」
青山は眼を見張り、やや大袈裟に喜ぶ。
「それは素晴らしい!…そんなにも優れた森番は欧州の大貴族の館にも見当たらないよ。…鷹司家は貴重な森番を雇用しているのだね。実に羨ましいよ。
…もっとも私には、紳一郎くんに熱烈に愛されているという点が、一番羨ましいがね」

それまで黙って話を聞いていた十市が雄々しい眉をやや顰めた。
そんな十市の逞しい肩を陽気に叩くと、再びひらりと馬に跨る。
「…君は得難い宝石のような恋人を所有しているのだ。
呉々も不届き者にその美しき宝石を奪われないように気をつけ給え」
そう言い残すと鮮やかに馬に鞭をくれ、馬首を返してその場から走り去って行ったのだった。

「…嫌な奴だ。…本当に…」
紳一郎は忌々しそうに言い放ち、遠ざかる青山の姿から眼を背けた。
そして蜜のように甘い眼差しで十市を見上げ、囁いた。
「…ねえ、十市の小屋でお茶を飲もうよ。…それから…やっぱり僕を温めて…すっかり冷えちゃったから…」
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