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緑に睡る 〜運命の森〜
第2章 第二の男
…今夜も父様は帰宅しなかった。
紳一郎は課題のフランス語を済ますと、書斎の窓から闇色が広がる外を見つめた。
普段から父の不在は慣れているが、青山が滞在するようになり、この屋敷に二人きりだと思うと、どこか心もとないような…不安な気持ちが沸き起こっていた。
もっとも、青山は朝から外出し、1日帰宅しないこともあれば、終日書斎に引きこもり仕事に徹していることもある。
かと思えば愛馬に跨り友人…友人なのか恋人なのかわかりかねるような美しい青年もいた…と遠乗りに出掛けたり、夜会に出席し華やかな余韻を漂わせながら帰宅することもあったりと自由に伸び伸びと過ごしていて、紳一郎の気持ちを煩わすようなことは一切しないのだが…。
今夜もどうやら誰かを伴い外出したようで、晩餐は紳一郎一人きりだった。
…十市は、風邪で体調を崩している馬丁の家にお見舞いに行っているのだ。
「…下村の爺さんは一人暮らしだから、食事と煎じ薬を届けて来ます」
出掛ける前にそう告げに来てくれた十市を思い出し、紳一郎は温かい気持ちになった。
十市は無口で無愛想だが、とても優しい。
困っている人や弱っている人に黙って手助けをする。
そんな十市が紳一郎は大好きなのだ。
「下村はきっと喜ぶよ。十市の煎じ薬はよく効くもの」
十市は森に野生で生えている薬草を巧みに煎じて、飲み薬や塗り薬を作っていた。
民間療法と侮れないほどそれらはよく効いた。
十市は森の王様だと、幼い頃の紳一郎は信じ切っていた。
照れ臭そうに笑う十市にぎゅっと抱きつく。
「…気をつけて行ってきて。…でも…明日は泊まりに行っていい?」
十市の逞しい腕が紳一郎を強く抱き返す。
「…もちろんです…」
ざらざらとした分厚い手が紳一郎の貌を大切そうに撫で、引き寄せた。
「…あんたはいつも綺麗だな…。こうして触るだけで壊してしまいそうだ…」
…そう言いながらも十市は噛みつくような熱く濃厚なくちづけを与えてくるのだった。
ぼんやりと思いを馳せている紳一郎の耳に、軽いノックの音が響いた。
「…はい…」
「私だ。…少しいいかな?」
紳一郎は眼を見張った。
…どうやら青山が帰宅したらしい。
紳一郎はゆっくりと扉に近づき、ドアノブに手を掛けた。
紳一郎は課題のフランス語を済ますと、書斎の窓から闇色が広がる外を見つめた。
普段から父の不在は慣れているが、青山が滞在するようになり、この屋敷に二人きりだと思うと、どこか心もとないような…不安な気持ちが沸き起こっていた。
もっとも、青山は朝から外出し、1日帰宅しないこともあれば、終日書斎に引きこもり仕事に徹していることもある。
かと思えば愛馬に跨り友人…友人なのか恋人なのかわかりかねるような美しい青年もいた…と遠乗りに出掛けたり、夜会に出席し華やかな余韻を漂わせながら帰宅することもあったりと自由に伸び伸びと過ごしていて、紳一郎の気持ちを煩わすようなことは一切しないのだが…。
今夜もどうやら誰かを伴い外出したようで、晩餐は紳一郎一人きりだった。
…十市は、風邪で体調を崩している馬丁の家にお見舞いに行っているのだ。
「…下村の爺さんは一人暮らしだから、食事と煎じ薬を届けて来ます」
出掛ける前にそう告げに来てくれた十市を思い出し、紳一郎は温かい気持ちになった。
十市は無口で無愛想だが、とても優しい。
困っている人や弱っている人に黙って手助けをする。
そんな十市が紳一郎は大好きなのだ。
「下村はきっと喜ぶよ。十市の煎じ薬はよく効くもの」
十市は森に野生で生えている薬草を巧みに煎じて、飲み薬や塗り薬を作っていた。
民間療法と侮れないほどそれらはよく効いた。
十市は森の王様だと、幼い頃の紳一郎は信じ切っていた。
照れ臭そうに笑う十市にぎゅっと抱きつく。
「…気をつけて行ってきて。…でも…明日は泊まりに行っていい?」
十市の逞しい腕が紳一郎を強く抱き返す。
「…もちろんです…」
ざらざらとした分厚い手が紳一郎の貌を大切そうに撫で、引き寄せた。
「…あんたはいつも綺麗だな…。こうして触るだけで壊してしまいそうだ…」
…そう言いながらも十市は噛みつくような熱く濃厚なくちづけを与えてくるのだった。
ぼんやりと思いを馳せている紳一郎の耳に、軽いノックの音が響いた。
「…はい…」
「私だ。…少しいいかな?」
紳一郎は眼を見張った。
…どうやら青山が帰宅したらしい。
紳一郎はゆっくりと扉に近づき、ドアノブに手を掛けた。