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緑に睡る 〜運命の森〜
第2章 第二の男
青山の黒い切れ長の瞳が紳一郎を捉える。
温かい色の微笑みの中に推し計り難い情熱の色をも感じ取り…紳一郎は眼を伏せる。
「そう警戒しないで。…乾杯…」
子どもの緊張を和らげるような口調で言われ、紳一郎はグラスのシャンパンを一口飲んだ。
…蓄音機からは、聴き覚えのあるドイツ女の愛の唄が密やかに流れてきた。
「マレーネ・Dですね。…お好きなんですか?」
「ああ。大好きだよ。パリでリサイタルが開かれた時には聴きに行ったほどさ」
紳一郎の瞳が輝く。
「そうなんですか。…どうでしたか?綺麗でしたか?」
マレーネは大好きな歌手だ。
レコードも何枚も持っている。
「もう四十も半ばを過ぎているはずだが、とても美しくて官能的だったよ。…まるで芝居をするように唄うんだ。そして聴いている者、一人一人に語りかけるようにね…」
「…へえ…!…いいな…。聴いてみたいな…」
紳一郎は素直に羨ましがる。
ややハスキーな掠れた女の声が、愛の唄を唄う。
…哀しい愛の唄だ。
愛し合っているのに、別れなくてはならない恋人同士の唄…。
…いつか街灯りのそばで会いましょう…。
昔みたいに…。
その愛のフレーズを紳一郎は小さく口ずさむ。
…マレーネも、哀しい恋をしたのかな…。
青山がしなやかな動きで立ち上がったかと思うと、その指先まで綺麗な手を差し出した。
「…踊ってくれないか?…紳一郎くん」
驚いて見上げる紳一郎の手を、優雅な強引さで引き上げる。
「…ちょっ…青山さん…!」
「史郎だよ、紳一郎くん」
人懐こいチャーミングな眼が無邪気に笑う。
紳一郎は抗う気持ちが失せ、仕方なく青山の手を握りしめた。
「…酔っているんですか?」
…そんな風には見えないけれど…。
「…そうだね、酔っているよ。…君の冷たい宝石のような美しさに…」
少しも酔いを感じさせない口調と動作で告げる。
「…キザですね」
青山からわざと眼を逸らせ、顎を上げる。
「好きな子にはキザになってしまうんだ。
…こう見えて本当は照れ屋なんだ」
にこにこと笑いながら答える青山をじろりと睨む。
「…やっぱり酔ってる」
けれど優雅な足運びはさすがだ。
紳一郎も社交界にデビューしてからもう100人近い人と踊ったが、こんなに巧みに…そして洗練された動きでリードして踊る相手は初めてだった。
…十市は別だけど…。
紳一郎はそっと想った。
温かい色の微笑みの中に推し計り難い情熱の色をも感じ取り…紳一郎は眼を伏せる。
「そう警戒しないで。…乾杯…」
子どもの緊張を和らげるような口調で言われ、紳一郎はグラスのシャンパンを一口飲んだ。
…蓄音機からは、聴き覚えのあるドイツ女の愛の唄が密やかに流れてきた。
「マレーネ・Dですね。…お好きなんですか?」
「ああ。大好きだよ。パリでリサイタルが開かれた時には聴きに行ったほどさ」
紳一郎の瞳が輝く。
「そうなんですか。…どうでしたか?綺麗でしたか?」
マレーネは大好きな歌手だ。
レコードも何枚も持っている。
「もう四十も半ばを過ぎているはずだが、とても美しくて官能的だったよ。…まるで芝居をするように唄うんだ。そして聴いている者、一人一人に語りかけるようにね…」
「…へえ…!…いいな…。聴いてみたいな…」
紳一郎は素直に羨ましがる。
ややハスキーな掠れた女の声が、愛の唄を唄う。
…哀しい愛の唄だ。
愛し合っているのに、別れなくてはならない恋人同士の唄…。
…いつか街灯りのそばで会いましょう…。
昔みたいに…。
その愛のフレーズを紳一郎は小さく口ずさむ。
…マレーネも、哀しい恋をしたのかな…。
青山がしなやかな動きで立ち上がったかと思うと、その指先まで綺麗な手を差し出した。
「…踊ってくれないか?…紳一郎くん」
驚いて見上げる紳一郎の手を、優雅な強引さで引き上げる。
「…ちょっ…青山さん…!」
「史郎だよ、紳一郎くん」
人懐こいチャーミングな眼が無邪気に笑う。
紳一郎は抗う気持ちが失せ、仕方なく青山の手を握りしめた。
「…酔っているんですか?」
…そんな風には見えないけれど…。
「…そうだね、酔っているよ。…君の冷たい宝石のような美しさに…」
少しも酔いを感じさせない口調と動作で告げる。
「…キザですね」
青山からわざと眼を逸らせ、顎を上げる。
「好きな子にはキザになってしまうんだ。
…こう見えて本当は照れ屋なんだ」
にこにこと笑いながら答える青山をじろりと睨む。
「…やっぱり酔ってる」
けれど優雅な足運びはさすがだ。
紳一郎も社交界にデビューしてからもう100人近い人と踊ったが、こんなに巧みに…そして洗練された動きでリードして踊る相手は初めてだった。
…十市は別だけど…。
紳一郎はそっと想った。