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緑に睡る 〜運命の森〜
第2章 第二の男
青山は紳一郎の遠ざかる靴音を聞きながら、ふっと笑いを漏らした。
ドイツ女の愛の唄はとっくに終わり、プツプツというレコード盤を回り続ける針の音だけが部屋に低く響いていた。
蓄音機に近づき、針を元に戻す。
シガーケースからバハマ産の葉巻を一本取り出し、シガー燐寸で火を点ける。
深く吸い込み、先ほどの青年の怒りの眼差しを思い出す。
…彼は怒れば怒るほどに美しくなるのだな。
青山は愉しげに笑う。
青山は、紳一郎の冷たい仮面を剥ぎ、怒りの色を引き出せたことに満足していた。
…もっと、もっと彼の他の表情を見てみたい…。
ここ最近、珍しいほどの強い欲望であった。
…正直、旧友の鷹司に息子を誘惑し、それとなく彼の恋人の森番と引き離して欲しいと言われたときは、何と酔狂なことを考えるのだと半ば呆れた。
鷹司は生真面目な男だ。
血が繋がらない…しかしとても大切にしている息子が因く付きの森番と道ならぬ恋をしているのを見過ごすことはできないのだろう。
…不粋なことだと、青山は思った。
第一、自分にだって選ぶ権利がある。
ゲイだからと言って誰にでも食指が動く訳ではない。
青山の好みはうるさい。
ただ若くて綺麗なだけの薄っぺらな若者など御免だった。
だから直ぐに断ろうと思っていたのだが、鷹司の苦渋の選択に心動かされたのと…何不自由ない大貴族の御曹司がわざわざ森番と恋に堕ちているという意外性に惹かれ、鷹司の家に滞在することを決めたのだ。
紳一郎に会って驚いたのはやはりその圧倒的な美貌だった。
すらりとした手足の長い細身、小さな貌は冷たいまでに目鼻立ちが整い…そしてどこかひやりとした淫蕩な薫りが漂うような美しい青年だったのだ。
年不相応に老成した物腰と物言いは、外部から来た余所者の青山を一見愛想良く受け入れているようで、その実、硬い硝子の扉で閉ざしたような態度を崩さなかった。
…しかし、恋人の前ではまるで幼子のように無邪気な微笑を惜しみなく与えた。
その落差に、青山は惹かれた。
自分も彼の心の中に入り込み、他人には見せない表情を掴み出したい…。
そんな我ながら大人気ない欲望が沸き起こり、鷹司家に滞在し続けることを決めたのだ。
…窓から外を眺める。
紳一郎らしき黒いコート姿の青年が庭を駆け抜けて行くのが見えた。
…さて…どうするかな…。
青山は唇から葉巻を離すと、薄く微笑い瞼を閉じた。
ドイツ女の愛の唄はとっくに終わり、プツプツというレコード盤を回り続ける針の音だけが部屋に低く響いていた。
蓄音機に近づき、針を元に戻す。
シガーケースからバハマ産の葉巻を一本取り出し、シガー燐寸で火を点ける。
深く吸い込み、先ほどの青年の怒りの眼差しを思い出す。
…彼は怒れば怒るほどに美しくなるのだな。
青山は愉しげに笑う。
青山は、紳一郎の冷たい仮面を剥ぎ、怒りの色を引き出せたことに満足していた。
…もっと、もっと彼の他の表情を見てみたい…。
ここ最近、珍しいほどの強い欲望であった。
…正直、旧友の鷹司に息子を誘惑し、それとなく彼の恋人の森番と引き離して欲しいと言われたときは、何と酔狂なことを考えるのだと半ば呆れた。
鷹司は生真面目な男だ。
血が繋がらない…しかしとても大切にしている息子が因く付きの森番と道ならぬ恋をしているのを見過ごすことはできないのだろう。
…不粋なことだと、青山は思った。
第一、自分にだって選ぶ権利がある。
ゲイだからと言って誰にでも食指が動く訳ではない。
青山の好みはうるさい。
ただ若くて綺麗なだけの薄っぺらな若者など御免だった。
だから直ぐに断ろうと思っていたのだが、鷹司の苦渋の選択に心動かされたのと…何不自由ない大貴族の御曹司がわざわざ森番と恋に堕ちているという意外性に惹かれ、鷹司の家に滞在することを決めたのだ。
紳一郎に会って驚いたのはやはりその圧倒的な美貌だった。
すらりとした手足の長い細身、小さな貌は冷たいまでに目鼻立ちが整い…そしてどこかひやりとした淫蕩な薫りが漂うような美しい青年だったのだ。
年不相応に老成した物腰と物言いは、外部から来た余所者の青山を一見愛想良く受け入れているようで、その実、硬い硝子の扉で閉ざしたような態度を崩さなかった。
…しかし、恋人の前ではまるで幼子のように無邪気な微笑を惜しみなく与えた。
その落差に、青山は惹かれた。
自分も彼の心の中に入り込み、他人には見せない表情を掴み出したい…。
そんな我ながら大人気ない欲望が沸き起こり、鷹司家に滞在し続けることを決めたのだ。
…窓から外を眺める。
紳一郎らしき黒いコート姿の青年が庭を駆け抜けて行くのが見えた。
…さて…どうするかな…。
青山は唇から葉巻を離すと、薄く微笑い瞼を閉じた。