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緑に睡る 〜運命の森〜
第2章 第二の男
「…それでさ、僕があの下級生の子のノートを拾ったらさ、君へのラブレターが挟まっていてさ。…紳一郎、紳一郎…、聞いてる?」
伊勢谷に貌を覗き込まれ、紳一郎ははっと我に返った。
「ああ、ごめん。聞いているよ」
慌てて取り繕う紳一郎は、手にしたシャンパンを飲み干した。
「どうした?最近、なんだか落ち着かないみたいだな」
そう言いながら伊勢谷は通りがかった下僕に紳一郎のグラスを変えるように指示する。
…今夜、紳一郎は横浜山下町にある伊勢谷の家で開かれている夜会に出席していた。
伊勢谷の父親は横浜と神戸に大きな会社を構える貿易商だ。
英国大使の私邸をそのまま買い取ったという優雅なチューダー様式の屋敷は驚くほどに贅が尽くされている。
取引先の外国人も招く華やかな夜会を度々開いていて、紳一郎はよく父親と共に招待されていた。
今夜は父、公彦の都合がつかずに名代で出席したのだ。
「僕なんか代わりに出席しても伊勢谷の家にメリットはないだろうに」
本来夜会やパーティーが苦手な紳一郎は、伊勢谷に肩をすくめて見せた。
「いや、君は氷の美貌のプリンスと社交界で広く知れ渡っているからね。
お年頃のご令嬢はそわそわし、その道の紳士方は目を輝かせる。
…君は言わば社交界の密やかな高嶺の花だ。
一目見るだけでもいいという客も多いのさ。
…そんな君が出席するだけでうちの格も数段上がるってものさ。
見ろよ、親父の機嫌がいいったらないさ。
君と友人なのが僕の唯一の取り柄とすら言いやがったからね」
大袈裟な賛美をする伊勢谷に苦笑する。
「…よせよ。僕にはそんな価値はない」
伊勢谷は男にしては優美な面にやや淫蕩な笑みを浮かべ、紳一郎の髪をそっと撫でる。
「…君は自分をよくわかっていないな。…最近は香り立つような色香を垂れ流しているっていうのに…。
…誰の仕業?やっぱり森番?」
触れるか触れないかの指遣いがくすぐったくて紳一郎は首を振る。
「よせ。皆んな見ている」
「見たい者には見させておけ。…最近、すっかりつれないじゃないか。…前は僕の誘いにも乗ってくれていたのに…」
紳一郎はちらりと伊勢谷を睨みつける。
「…その眼。…わざとやっているとすれば逆効果だぞ」
伊勢谷はその薄い桜貝のように美しい耳朶に吹き込むように囁くと、素早く噛んだ。
「…っ…!」
痛みより甘い疼きが走り、紳一郎は身を捩る。
伊勢谷に貌を覗き込まれ、紳一郎ははっと我に返った。
「ああ、ごめん。聞いているよ」
慌てて取り繕う紳一郎は、手にしたシャンパンを飲み干した。
「どうした?最近、なんだか落ち着かないみたいだな」
そう言いながら伊勢谷は通りがかった下僕に紳一郎のグラスを変えるように指示する。
…今夜、紳一郎は横浜山下町にある伊勢谷の家で開かれている夜会に出席していた。
伊勢谷の父親は横浜と神戸に大きな会社を構える貿易商だ。
英国大使の私邸をそのまま買い取ったという優雅なチューダー様式の屋敷は驚くほどに贅が尽くされている。
取引先の外国人も招く華やかな夜会を度々開いていて、紳一郎はよく父親と共に招待されていた。
今夜は父、公彦の都合がつかずに名代で出席したのだ。
「僕なんか代わりに出席しても伊勢谷の家にメリットはないだろうに」
本来夜会やパーティーが苦手な紳一郎は、伊勢谷に肩をすくめて見せた。
「いや、君は氷の美貌のプリンスと社交界で広く知れ渡っているからね。
お年頃のご令嬢はそわそわし、その道の紳士方は目を輝かせる。
…君は言わば社交界の密やかな高嶺の花だ。
一目見るだけでもいいという客も多いのさ。
…そんな君が出席するだけでうちの格も数段上がるってものさ。
見ろよ、親父の機嫌がいいったらないさ。
君と友人なのが僕の唯一の取り柄とすら言いやがったからね」
大袈裟な賛美をする伊勢谷に苦笑する。
「…よせよ。僕にはそんな価値はない」
伊勢谷は男にしては優美な面にやや淫蕩な笑みを浮かべ、紳一郎の髪をそっと撫でる。
「…君は自分をよくわかっていないな。…最近は香り立つような色香を垂れ流しているっていうのに…。
…誰の仕業?やっぱり森番?」
触れるか触れないかの指遣いがくすぐったくて紳一郎は首を振る。
「よせ。皆んな見ている」
「見たい者には見させておけ。…最近、すっかりつれないじゃないか。…前は僕の誘いにも乗ってくれていたのに…」
紳一郎はちらりと伊勢谷を睨みつける。
「…その眼。…わざとやっているとすれば逆効果だぞ」
伊勢谷はその薄い桜貝のように美しい耳朶に吹き込むように囁くと、素早く噛んだ。
「…っ…!」
痛みより甘い疼きが走り、紳一郎は身を捩る。