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緑に睡る 〜運命の森〜
第2章 第二の男
…青山史郎は父親の愛妾だった吉原の芸者の元に生まれた。
本来なら幾ばくかのお手当を貰い、養子に出すか…または青山家の遠縁で子どもがいない家に預けられるか…というところが相場だったのだが、史郎の母親は子どもを奪われるのを恐れ、出産前に出奔してしまった。
知り合いの家に身を寄せている最中に産気付き、史郎を生み落とした。
しかし、産後の肥立が悪く急死してしまう。
困り果てた知人が知らせたのは、青山家の家令だった。
密かに当主に話を伝えて貰おうとしている時に、折悪く妻の喜久子がその場に通りかかり、話を聞いてしまうのだ。
「…それで…どうなったのですか?」
紳一郎は思わず身を乗り出して尋ねた。
青山は子どもにお話を聞かせるようににこやかに話を続けた。
「…母は…青山の母だけれどね、家令にこう言ったんだ。
…とりあえず、私が赤ちゃんに会いにいきましょう。旦那様は今、陛下と京都にいらっしゃるから役に立たないわ。…てね。
母は無邪気なお嬢様がそのまま奥様になったようなひとでね。まさか正妻が現れるとは思わず慌てふためく知人をせっつきその家にそのまま向かったんだ。
…生みの母に死に別れて、乳も貰えずに泣き喚いている赤ん坊の私を抱き上げて、母は随行した家政婦にこう言ったそうだよ。
…なんて可愛い赤ちゃんかしら!…器量では他の兄弟の中で一番ね。暫く子育てしていなかったから、楽しみだわ…てね」
…喜久子は史郎を自分の子ども達と別け隔てなく可愛がった。
それは父親の青山がばつが悪くなるほどだった。
喜久子は史郎を大切に育て、最高の教育を与えた。
他の兄弟も喜久子に倣い青山を可愛がった。
だから史郎は暫く大きくなるまで、自分が喜久子の実子ではないことを知らなかったほどだった。
青山は成人してから喜久子に尋ねたことがある。
「お母様はどうして私をそんなに可愛がってくださったのですか?…夫の愛妾の子どもです。憎くはなかったのですか?」
喜久子は青山に贈るつもりのセーターを編みながら眼鏡を外し、ふんわりとした陽だまりの猫のような微笑を浮かべた。
「…そうねえ…。貴方のお母様にお会いしたことがなかったから…憎いという気持ちはなかったわね。もうお亡くなりになっていたし。
…それよりも、私の腕の中で泣いている貴方がとにかく可愛くてね…。どうしても引き取りたくなってしまったのよ」
本来なら幾ばくかのお手当を貰い、養子に出すか…または青山家の遠縁で子どもがいない家に預けられるか…というところが相場だったのだが、史郎の母親は子どもを奪われるのを恐れ、出産前に出奔してしまった。
知り合いの家に身を寄せている最中に産気付き、史郎を生み落とした。
しかし、産後の肥立が悪く急死してしまう。
困り果てた知人が知らせたのは、青山家の家令だった。
密かに当主に話を伝えて貰おうとしている時に、折悪く妻の喜久子がその場に通りかかり、話を聞いてしまうのだ。
「…それで…どうなったのですか?」
紳一郎は思わず身を乗り出して尋ねた。
青山は子どもにお話を聞かせるようににこやかに話を続けた。
「…母は…青山の母だけれどね、家令にこう言ったんだ。
…とりあえず、私が赤ちゃんに会いにいきましょう。旦那様は今、陛下と京都にいらっしゃるから役に立たないわ。…てね。
母は無邪気なお嬢様がそのまま奥様になったようなひとでね。まさか正妻が現れるとは思わず慌てふためく知人をせっつきその家にそのまま向かったんだ。
…生みの母に死に別れて、乳も貰えずに泣き喚いている赤ん坊の私を抱き上げて、母は随行した家政婦にこう言ったそうだよ。
…なんて可愛い赤ちゃんかしら!…器量では他の兄弟の中で一番ね。暫く子育てしていなかったから、楽しみだわ…てね」
…喜久子は史郎を自分の子ども達と別け隔てなく可愛がった。
それは父親の青山がばつが悪くなるほどだった。
喜久子は史郎を大切に育て、最高の教育を与えた。
他の兄弟も喜久子に倣い青山を可愛がった。
だから史郎は暫く大きくなるまで、自分が喜久子の実子ではないことを知らなかったほどだった。
青山は成人してから喜久子に尋ねたことがある。
「お母様はどうして私をそんなに可愛がってくださったのですか?…夫の愛妾の子どもです。憎くはなかったのですか?」
喜久子は青山に贈るつもりのセーターを編みながら眼鏡を外し、ふんわりとした陽だまりの猫のような微笑を浮かべた。
「…そうねえ…。貴方のお母様にお会いしたことがなかったから…憎いという気持ちはなかったわね。もうお亡くなりになっていたし。
…それよりも、私の腕の中で泣いている貴方がとにかく可愛くてね…。どうしても引き取りたくなってしまったのよ」