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この香りで……。
第22章 医院
公園から歩いて数分の場所に婦人の家はあった。奈々葉がそこにいた時は分からなかったが、振り返ると公園の灯りが見えた。
――結構近い……。
『不二村醫院』
――フジムラ、……? 医院……?
恐らく黒に塗られていたであろうその文字は、所々剥げ落ちているが、それは博物館か時代劇を思わせるような一枚の板に彫り込まれた重厚感のある看板。それが、この時代にはミスマッチな瓦屋根の軒に吊るされている。
木造の建物は、まるで大正時代にでもタイムスリップしたかのようだった。
「あ、あの……」
「不二村医院……ここ……ああ……医院って言っても私の主人の…………ああ……十七年前に……」
婦人の骨ばった人差し指が天を指差す。
「名医っていわれてたらしいけどね……医者の不養生……っていうのかしら……気が付かなかった……自分の病気には……」
婦人は目を細くして白い歯を見せた。
分からなかった。奈々葉はなんと彼女に言うべきなのか……。ただ、不思議だった。彼女がなぜ笑顔なのか……。
「さあ、入りましょ」
婦人の手が『準備中』と書かれた小さな板を『商い中』に返して、磨りガラスの扉を押した。白いペンキで大きく《不二村醫院》と描かれた扉を……。
カランコロン……。
カウベルの音の後に、香ばしいパンと挽きたてのコーヒーの香りに迎えられる。
――結構近い……。
『不二村醫院』
――フジムラ、……? 医院……?
恐らく黒に塗られていたであろうその文字は、所々剥げ落ちているが、それは博物館か時代劇を思わせるような一枚の板に彫り込まれた重厚感のある看板。それが、この時代にはミスマッチな瓦屋根の軒に吊るされている。
木造の建物は、まるで大正時代にでもタイムスリップしたかのようだった。
「あ、あの……」
「不二村医院……ここ……ああ……医院って言っても私の主人の…………ああ……十七年前に……」
婦人の骨ばった人差し指が天を指差す。
「名医っていわれてたらしいけどね……医者の不養生……っていうのかしら……気が付かなかった……自分の病気には……」
婦人は目を細くして白い歯を見せた。
分からなかった。奈々葉はなんと彼女に言うべきなのか……。ただ、不思議だった。彼女がなぜ笑顔なのか……。
「さあ、入りましょ」
婦人の手が『準備中』と書かれた小さな板を『商い中』に返して、磨りガラスの扉を押した。白いペンキで大きく《不二村醫院》と描かれた扉を……。
カランコロン……。
カウベルの音の後に、香ばしいパンと挽きたてのコーヒーの香りに迎えられる。