この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
この香りで……。
第22章 医院

――えっ?
黒塗りのカウンター席、フローリングの床やガラスの天板のテーブルはタイムスリップするような外観とミスマッチだ。この店が昔は病院だった気配は微塵もなかった。
奈々葉は高い天井に吊るされた宝石を散りばめたような電灯に目が釘付けになった。
「主人《あのひと》の趣味なのよ。シャンデリア……。最初は酷い趣味……なんて思ってたんだけどねぇ……」と言うと婦人の目が天を仰いで目を閉じた。何かを思い出すように……。
「私……好きです、シャンデリア……。あの……私も頂けますか……ホットコーヒー……?」
「はい、はい、喜んで……」
カランコロンとカウベルが鳴った。
「詠美《えみ》ちゃん……休みかと思ったよ。ずっと準備中だったからさ」と言って、丸眼鏡の老紳士が「いつもの」とだけ告げる。折り目が付いたスラックスと白髪混じりだが七三に整えられた髪が彼の性格を物語っているように見えた。
――詠美……不二村詠美さん……この方の名前……。
「女は忙しいのよ。高木《たかぎ》くん……」と言いながら詠美は水を入れたサイフォンに静かに燃えるアルコールランプをセットした。コポコポと湯が吸い上がる音がしてコーヒーの香りに包まれる。
――コーヒーの香り……。会いたい……部長に会いたい……。
胸に込み上げる何かが、涙が溢れさせる。
:
:
黒塗りのカウンター席、フローリングの床やガラスの天板のテーブルはタイムスリップするような外観とミスマッチだ。この店が昔は病院だった気配は微塵もなかった。
奈々葉は高い天井に吊るされた宝石を散りばめたような電灯に目が釘付けになった。
「主人《あのひと》の趣味なのよ。シャンデリア……。最初は酷い趣味……なんて思ってたんだけどねぇ……」と言うと婦人の目が天を仰いで目を閉じた。何かを思い出すように……。
「私……好きです、シャンデリア……。あの……私も頂けますか……ホットコーヒー……?」
「はい、はい、喜んで……」
カランコロンとカウベルが鳴った。
「詠美《えみ》ちゃん……休みかと思ったよ。ずっと準備中だったからさ」と言って、丸眼鏡の老紳士が「いつもの」とだけ告げる。折り目が付いたスラックスと白髪混じりだが七三に整えられた髪が彼の性格を物語っているように見えた。
――詠美……不二村詠美さん……この方の名前……。
「女は忙しいのよ。高木《たかぎ》くん……」と言いながら詠美は水を入れたサイフォンに静かに燃えるアルコールランプをセットした。コポコポと湯が吸い上がる音がしてコーヒーの香りに包まれる。
――コーヒーの香り……。会いたい……部長に会いたい……。
胸に込み上げる何かが、涙が溢れさせる。
:
:

