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この香りで……。
第24章 詠美の娘



「……そう……」と詠美が呟くとその顔が優しくなる。

「えっ……」

「長女の……陽子……」

 丸眼鏡の奥の詠美の瞳が遠くを見つめる。

「娘さん……ですか? 詠美さんの……」

「ええ、そこの窓から階下《した》を見るのが好きでね……」

 小枝のような指が、格子のある大きなサッシの窓を指差す。奈々葉が陽子の声を聞いたあの窓を……。

 ――木枠じゃない、この窓……。

 肩を落とした詠美の瞳から大粒の涙が滑る。

「……この窓から……四歳の時……」

 詠美が大きくため息をついた。

「……えっ……もしかして……」
 
「いつも『ダメ、ダメ、落ちると痛いよ』って、この窓から覗いているときには、いつも……」

 ――それって……。

「その時、陽子ちゃんに言われました。そのセリフ……。私、その窓を開けようとした時……こうやって……」

 奈々葉は自分のパジャマの裾を引っ張ってみせた。

「……あの子……天国で優しい女性に成長していたのね」

 遠くを見つめた詠美が瞳を軽く閉じると、小さな手のひらを自分の胸の前で合わせた。彼女の目頭に光る物が見える。

 ――ありがとう、陽子ちゃん……。

 奈々葉も手を合わせる。
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