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どうか、その声をもう一度
第2章 雨の中、邂逅
「おお、おはよう」
「おはようございます。しっかりしてくださいよ、店長」
「前の店でも店長とか言ったことなかったくせに。いいよ、今までどおりで」
「そうすか?で、秀治さん、なんでそんな暗い顔して歩いてんすか。あれですか、彼女とケンカした的な」
「いや、してないけど…」
彩夏とはケンカなんてしたことがない。仲が良いから、だなんて理由ではないと断言できそうなところがまた俺を責める。俺が触れられたくない部分を彩夏がきれいに避けてくれていると言うだけの話だ。俺は、彩夏になにをしてあげられているだろう。
「ダメっすよ、ちゃんとね、愛情表現してあげないと」
「だからさ、そっち系じゃないから」
「じゃあ、なんすか。新店かったりーな、みたいな?」
「そっちでもねえって」
新店オープンと言いつつも、今日は関係者を招くプレオープンの日で、本格的な始動は2日後からだ。朝の8時30分過ぎにこうしてうだうだと諒と話しながら歩く日はもう当分訪れないだろう。
「お前さ、俺にくっついてこっち異動してきて良かったの?例の、週末の子、会えなくなっちゃうけど」
「俺は、新しい恋を探します」
「あっそう」
「だいたい、あの子、俺のこと覚えてるかどうか微妙だったし。それに、秀治さんも俺が居た方が楽でしょ」
「まあ、それは確かに」
諒は俺の入社前から勤務しているベテランのアルバイトだ。歳が近いこともあり、自然と親しくなった。彼は前の店舗で、週末になると決まったパンを買いに来る同い年らしき女性に淡い恋心を抱いていたのだが、その気持ちは悲しいかな俺しか知らない。
俺の新店への異動が決まってから、本社に直談判をしたらしく、共に新店に移ることになったと聞いた時は驚いたが、正直ありがたい。
「ってか、ほんと静かなとこっすよね。住宅街だし。こんなとこに店出してやってけるんですかね」
「この辺は、普通のマンションの一室とか、戸建てとかで事業やってるオフィスが多いとかで、そこをターゲットにしてるんだと」
「ああ…そういえば、エリアマネージャーがそんなようなこと言ってましたね」
まだ、資材の新しい匂いのする店内。これから俺と諒の2人でパンやコーヒーの仕込みに取り掛かる。13時目掛けて関係者が集まる予定になっていた。