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どうか、その声をもう一度
第2章 雨の中、邂逅
「あー、寒い。この辺でいいですかね」
「いいんじゃね。ここなら通りからも文字見るだろうし、雨も避けれる」
「じゃ、雨の日はこの位置ってことで…あ、」
「ん?」
看板を片付けようとした諒が道の先を見て声を出す。つられて諒の視線を追うと大粒の雨が降りしきる中、濃いグレーのコートを纏った女性が抱えた荷物を雨から守りながら走っている。
「お姉さん、傘、お貸ししましょうか?」
店の前を通り過ぎようとしたその女性に諒が声をかけた。はっとした顔の彼女は、にこりと笑って手招きをする諒の姿を見て、戸惑いがちにオーニングの下へと入ってきた。ちりちりと後頭部が痛む。何故だ。
「その包み、ちょっと行ったところのコーヒー屋のですね」
クラフト紙の大きめの包みは女性の防御の甲斐なく、やや濡れていた。彼女の目的地がここから遠いのかは分からないが、このまま走って向かうつもりならば豆が湿気てしまうだろう。
諒の言葉に小さく頷いた彼女はゆるりと顔を上げた。表情を隠していた髪が揺れる。沙英とよく似た淡い茶色の髪。その隙間から、右目の目尻の泣きぼくろが覗く。
「沙英?」
彼女は弾かれたように俺を見た。大きく目を見開いて、俺を見ている。真っ黒の瞳。右目の目尻のふたつ並んだ泣きぼくろ。白い肌。ベージュのタートルネックのニットと彼女の少し赤らんだ頬とのコントラストが味気ない街中で美しく見える。
「沙英だろ。俺だよ、秀治。分かる?」
「……っ…」
近寄って、手を伸ばす。この人が沙英でなければ、ドッペルゲンガーとかそういった類のものに違いない。
「なあ、沙英。覚えてない?ほら、えっと…18の頃、島で…」
俺の指先が柔らかなコートに触れた瞬間、彼女は俺の手を振り払った。その勢いのまま抱えていた包みが重たい音を立てて地面に落ちる。荒い息。まだ、見開かれたままの瞳。美しく、黒い。彼女は、俺を知っている。そう確信できる表情だった。
「ちょっとちょっと、秀治さん。どうしたんすか。知り合い?」
諒が割って入ってくる。どうどう、と言いながら彼女が落とした包みを拾い上げた。