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どうか、その声をもう一度
第3章 冬に溶ける憂鬱

一日の業務を終えて、会社を出る。駅に着いてから秀治に帰宅の確認の連絡を入れるのが私の日課だ。早く出ていった日は私よりも前に帰宅して夕食を作って待っていてくれる。遅い時は私がスーパーに寄って買い物をして帰る。その流れが出来たのは一緒に暮らし始めて半年くらい経ってからだった。
いつも通り連絡を入れてから電車に乗り込んだ。自宅最寄り駅までは30分ほどだ。だいたい電車を降りるまでの間に返事があるのだが、今日は連絡がなかった。
プレオープンの催事だからもしかすると帰りが遅くなるのかもしれない。だったら今日はご飯を作ってあげよう。そう思ってスーパーに寄ってから帰宅すると、玄関の傘立てにしっとりと濡れたビニール傘が無造作に放り込んであった。
「秀治?」
きちんと揃えてあることの多い靴も乱雑に脱ぎ捨てられていた。今朝、彼には折り畳み傘を持たせたのに、どうしてビニール傘があるのだろう。不思議に思いながらリビングへ向かうと、ソファーの脇で秀治が横になっているのが見えた。
「秀治?秀治、どうしたの?」
「……ん」
具合が悪くて倒れているのかと思い、慌てて駆け寄って声をかけた。どうやら眠っていただけらしく、彼は気だるげにゆっくりと起き上がる。
「なんでこんなとこで寝てるの?忙しかった?」
「いや……」
歯切れ悪く言いながら、彼は私を抱き寄せた。予想外の行動に目を瞠る。暖房もつけずにうたた寝をしていた所為で、秀治の身体はとても冷えているようだった。どうしたの、と問いながらニットの胸元に額を擦りつける。
「………」
彼はなにも言わず、ただ、私を抱き締めていた。秀治の匂いがする。好き、大好き。もっと、私に触れて。私だけになって。膨らむ願望を抑えきれずに、腕の中でもがき、秀治の顔を見上げた。
「彩夏…」
「ごめん、ご飯、あとでいい?」
「え?」
「お願い。抱いて」
「ちょ、彩夏…」
冷えた頬に手を伸ばす。唇を合わせて、彼の口内に舌を捻じ込んだ。戸惑って逃げる舌を絡め取りながら、着たままだったコートを脱ぎ捨てる。

