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どうか、その声をもう一度
第1章 はじまりの記憶
あの時ほど心臓の音をうるさいと感じた日はいまだに訪れない。いつか自分も体験することになるだろうと夢見ていた性行為が森の奥の薄汚い小屋の中で、出会ってからやっと1ヶ月が経つか経たないかくらいの少女相手になるなんて。
汗が絶えなかったのは夏の暑さと、それを増す小屋の中の熱気だけではなかったに違いない。とにかく興奮していた。力加減を誤れば折れてしまいそうに思えた細い手首。俺の二の腕を掴む指の力は強いのに、何故か弱々しくも感じた。
乱れた息の狭間、俺の名前を呼ぶ声は普段の少し低い声に比べて、艶やかで甲高かった。耳の奥にこびり付く嬌声。どこに触れても柔らかい身体。あれから8年も経ったのに、俺はあの暑い夏の日を忘れることができない。
あっという間に絶頂を迎えたこともよく覚えている。それから、裸のまま抱き締めあっていたことも。
『2人だけの、秘密だよ』
汗ばんだ頬を笑みで歪めて、彼女は言った。俺の手のひらですっぽり覆えてしまう小さな顔だった。また、キスをして、触れあって。
夕方になると小屋を出て別れるのが、いつもの流れになっていた。送っていくよ、という俺に彼女は無言で首を横に振るだけだった。
今になって、もう少し色んなことを訊いておけばよかったと思う。あの時の俺は彼女の下の名前と、同い年であることくらいしか知らなかった。
きっと当時は、余計なことを訊けば彼女が消えてしまうように思っていたのだろう。いつ、どうやって島に来たのか、とか、どこで寝泊まりしているのか、とか、あとは携帯の番号だとか。そういうことを訊いておけば、8年もの間、ずるずると日々の中に彼女の姿を探すことはなかった筈だ。